第13話 大使様の崩壊家庭

 同じ頃、初代駐日大使であるオウコウウンは悩んでいた。

 執務室で頭を抱える。

 勿論、新しい随員、コウジュンケンとコウゲツレイについてだった。

 ジュンケンの方はまだ良い。

 彼は……

 本人は未だに気が付いていないが、少年は結構なビックネームなのだ。

 11歳で会試を通り、しかし官僚達のやっかみから殿試を受けられなかった大天才。

 3年後試験会場に現れたものの、完璧な答案を残しながら途中棄権、

 「下らない」と消えてしまった。

 この件については、皇帝がひどくお怒りらしい。

 下種な大人のやっかみで、1人の優秀な少年を潰してしまった。

 高級官僚全てがうすら寒さを感じ、特にあの時関わった者達は挽回しようと必死である。

 「少年を探し出せ」と喚いている。

 物騒な話ではない。

 見つけ出し、土下座してでも戻ってもらう。

 途中棄権になっている今回の会試も、超法規的措置で通っているらしい。

 しかし、殿試に来なければそれで終わりだ。

 早く機嫌を直さないと、恐らくはもう受けてもくれない。

 それは自分達が肩たたきに合う事と同義である。

 中央の混乱ぶりを伝え聞いていたコウウンだが……

 少年の居所を注進するつもりは、全く無い。

 初対面での印象から、彼がそれを望まないと分かっている。

 コウウンは、もう2度と安易に人の人生を左右するような、分不相応な振る舞いをする気はなかった。

 ただ、

 『それならば身元は安心だな』とだけ、思う。

 問題なのは、むしろコウゲツレイの方だった。

 コウゲツレイとは名乗ったが、あれはたぶんソンゲツレイだ。

 ゲツレイも、本人の望まぬところで有名なのだ。

 上海の中堅マフィア、阿片窟を仕切るソンエイシュウの娘。

 英国人とのハーフらしい少女の、赤い髪と緑の瞳は言われていた通りだった。

 そして、高貴な血とは程遠い、路地裏育ちの少女の、『傾国』とさえ評される美貌が……

 間違いなく、少女はソンゲツレイである。

 マフィアの娘である彼女が、何故日本に行きたいのか?

 何を目的としているのかわからないだけに、落ち着かない。

 しかし、

 「私はこの2人を、弟と妹にする」と言った、自らの娘の顔がよぎる。

 大使は娘に逆らえない。

 彼女のゆく道を差配できない。

 例えその先に破滅が待ち構えようと、これは絶対のルールだった。

 考えた所で、コウジュンケンとソンゲツレイに関し、大使に自由はないのである。

 妻とは4年口をきいていない。

 いや……

 丸4年、彼女は決して話してくれない。

 話しかけても、笑ってみても、初めのころは殴ったりもしたが、うめき声さえ上げなかった。

 妻の世界から追い出された男は、娘の世界では利用するだけのただの豚だ。

 大使の家庭は崩壊している。

 

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