第12話 濃い1日の終わりに

 なんか、濃い1日だった。

 夜になってゲツレイは思う。

 24時間前には実の父と命のやり取りをし、その後組織の構成員と戦闘、朝にはコウゲツレイと名を変えた(本当はソン)。

 その後密航、見つかったが随員に加えてもらい、今に至る。

 たった1日で、生まれ育った上海どころか、国まで出た。

 激動の1日だったのだ。

 ジュンケンとゲツレイを正式な随員とし、食堂にいたそのままの流れで、

 「夕飯にしよう」と、オウ大使が手を叩く。

 ほどなく人数分のスープに白米、数品のおかずが並べられた。

 「……」

 驚いた。

 ゲツレイはマフィア組織に気まぐれに育てられた子で、まともな食事を食べていない。

 それこそやっと這って動けるようになった1歳に満たないころから、腹を満たすためその辺にあったマントウなどをかじって生きた。

 だから、日本的に言えば一汁一菜以上の食事など、記憶の限りで人生初だ。

 「やっぱ、船の中じゃこの辺が限界だよね」と、スイリョウが言った。

 彼女はすでに酒を飲んでいる。

 上流階級ってこれ以上を食べているのかと、顔にこそ出さないが本気で驚く。

 「スープはふかひれでございます」と、給仕が言った。

 疲れた頭が覚醒するレベルで美味かった。

 無表情が、一瞬崩れて目を見開く。

 「すげえ‼うめえ‼」と、ジュンケンも器を抱えて飲んでいる。

 目が合うと、

 「しょうがないだろ‼僧堂育ちだし、まともな食事が食えるの滅多にないんだ‼」と、口をとがらせる。

 なるほど、僧堂の捨て子と言った。

 「俺、前に科挙の試験受けた時初めて屋台飯食って、真面目に美味いと思ったんだ」と、屈託ない笑顔で言うから、

 「私も」と、小さく肯定。

 上海裏路地非合法育ちの私の方が、君よりロクなものを食べていないよ。

 争ったところで無意味だけれど。

 会話を聞いていたスイリョウが、

 「よし‼食え食え、ちびども‼」と、2人を背後から抱きしめる。

 「うわっ、酒臭いよ、姉ちゃん‼」

 「気にするな、少年‼」

 「気になるよぉ‼」

 大騒ぎするジュンケンを尻目に、ゲツレイはあくまでポーカーフェイスだ。

 ただ、

 『この人の距離感もおかしいよな』とだけ、思う。

 抱きしめられた瞬間、さらしで巻いた腹部の傷がズキッと痛む。

 大丈夫。

 ご飯は食べられるし、内臓は傷ついていない。

 大丈夫……


 食事が終わると、

 「少年少女は私の部屋に‼」と、スイリョウが言った。

 随員に格上げされたものの密航者だし、食糧庫の床に眠るつもりだったゲツレイは驚く。

 抵抗したのはジュンケン。

 「待てよ、姉ちゃん‼俺、男だぞ‼」

 「小僧は男のうちに入りません‼」

 「無茶言うな‼おーい、スウトウ‼俺を部屋に入れてくれ‼」

 「なんで僕が‼」

 抵抗していたスウトウだが、ほぼ確実に押し負ける。

 気の毒に。

 「じゃ、ゲツレイはお出で」と誘われ、少女は大使の娘と同室になる。

 大き目の寝具が入った部屋で(セミダブル?)、

 「これなら一緒に寝られるでしょ?」と、同衾する。

 距離感がおかしい‼

 今までのゲツレイの人生において、この距離で寝る他人はすなわち命の危機か、貞操の危機だ。

 酒臭い。

 破天荒な、姉に立候補した人の横で。

 柄にもなく、少しだけ安心して眠りにつくゲツレイだった。

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