第11話 夢だらけの少年と感情のない少女

 「だから悪かったって言ってるだろ‼」

 言い方がすでに謝っていない。

 ついさっき、食糧庫で会ったばかりの密航者の少年は、まるで10年来の知己のように言い放つ。

 隣に座るスウトウは、全身打ち身で貼り薬まみれで……

 不機嫌だった。

 しかし実際は、

 『反射で投げ飛ばした後少年が手加減したんだろうな』と、スイリョウは思う。

 あの小さな体躯で、それが出来る程度には強いのだと何となくわかる。

 人生経験の賜物だった。

 ジュンケン自身も、明らかに戦闘力のない痩せ男を投げ飛ばしてしまい、少し冷静に戻っている。

 本人の予定より、だいぶん早く見つかってしまった。

 ジュンケンとゲツレイ、スイリョウとスウトウ、そこに初代駐日大使であるオウコウウンも加わって、船の食堂スペースで話し合いを持っている。

 国を出てすぐの大問題に、コウウンはこめかみを揉みながら、

 「で?なんで?」と、言葉少なに聞いた。

 「俺、日本で武士になりたいんだ‼」

 ジュンケンはまず普段そのままの物言いをし、気が付いたような表情の後、不意に態度を改める。

 僧堂育ち、郷試に最年少で通った天才は、まともな態度も取れるのだ。

 「俺……いや、私は戦争に負けたとはいえ、自由に列強の侵入を許している、現在の清国に希望を見出せません。新しい国にわたり、そこで生きたいと思います。幸いにも武の心得もあります。」

 サラサラと淀みなく答える年端もいかない少年に、一同は虚を突かれる。

 大体が一緒にいたゲツレイまで……

 普段表情が読めないのに、少し呆れた顔をする。

 大使は言葉が出ず……

 しかし、ここは娘であるスイリョウに似ている。

 挑むように、試すように、訊ねる。

 「でも、ならば君は我々に何を差し出せる?武の心得があると言ったな。用心棒は船旅だし必要ない。君に何が出来る?」

 「私は郷試の資格もあります。今年の科挙は途中棄権しましたが、頭を使うことも得意です。辞書があれば相手の国も言葉を習得いたします。秘書でも、通訳でも、何でも出来ます。」

 言い切った後少し悔しい表情をしたのは、ジュンケン自身が否定した力だからだ。

 少年は、頭脳労働向きの自分を嫌う。

 ただ一方、それを交渉材料にする冷静さも持つ。

 「君、名前は?」

 「コウジュンケンです。」

 「えっ‼」

 「コウだと‼」

 気色ばんだのは、大使とスウトウ。

 2人は、科挙試験でトップの答案を残し脱走した、『広州の天才』の名を知っていた。

 スイリョウとゲツレイにはわからないが……

 「面白い‼」と、まとめたのがスイリョウ。

 「父さん、私はこの2人を弟と妹にする。」

 「スイリョウ……」

 「あなた、名前は?」

 「コウゲツレイ。」

 「わかった。ジュンケンとゲツレイは私の弟妹。父さん、2人の居場所を用意して。」

 言い切られ、この親子にも何やら事情がありそうで、大使はそのまま受け入れる。

 受け入れざるを得なかった。

 「わかった。

 ジュンケンは通訳を。言葉はそこのカクスウトウに習ってくれ。

 スウトウ。君は秘書官に格上げだ。」

 「えっ、でも……」

 スウトウのコンプレックスが顔を出す。

 科挙に賭け、科挙に否定されたスウトウが、科挙をかなぐり捨てた天才を受け入れられるはずもない。

 しかし、

 「立場が変われば報酬も上がるぞ」と畳み掛けられ……

 金が欲しいスウトウは黙るしかなくなった。


 コウジュンケント、コウゲツレイ。

 2人は正式な随員となった。

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