第10話 船上の出会い

 「密航者だ‼」の声に、急にスイリョウの目に光が戻る。

 さっきまで船酔いだか酒酔いだか、ヘロヘロで吐きまくっていたのが嘘のように、

 「行こう、カク君‼」と駆け出した。

 騒ぎの方へ、と。

 「待って下さい、お嬢様‼」

 スウトウも後を追う。

 食糧庫あたりに甲板員が集まっている。

 ああ、なるほど。

 密航するなら食べ物が大事で、食糧庫は理にかなっている。

 トイレはどうするつもりだったのだろう?

 良くも悪くも理屈っぽい、スウトウが意味のない思考の海に沈んでいると、

 「おとなしくしろ‼」

 「うるせえ‼大使に会わせろって言ってんだ‼」

 存外に高い、少年の声。

 直後叫び声がして、

 「うわっ‼」

 揃いの作業服だから甲板員とわかる、大柄な男が宙を舞った。

 開け放たれた食糧庫の扉を抜け、それだけ勢いがあると言うことだろう、水平移動で目の高さを移動した彼は、派手な音を立て壁に激突、ズルズルと床に落ちる。

 「へ?」

 あの人、僕より大きいよ、背丈。

 体つきも太ってはいない、筋肉質でガッチリして、たぶん僕の2倍くらいは重い。

 簡単に投げ飛ばせるようなものではない。

 しかも、下手人は少年(の声)だ。

 「うおっ、すっごーい。」

 口笛を吹きそうな勢いでスイリョウが呟き、迷いなく現場へ突っ込んでいく。

 「……」

 気付けば興味が勝っていて、スウトウも後に続いた。

 そこにいたのは、気を失ったり呻いている、倒されたらしい甲板員が5名、床に転がる。

 その前に立つのは少年と少女。

 甲板員を倒したのは少年らしい。子供子供した顔立ち、小さな体躯で鼻息を荒くして。

 少女の方は動かない。小さな体躯は少年と変わらないが、こちらは息さえしていないような、惨状を前に平然と無表情。

 ゾッとするほど整った顔立ち、赤髪、緑目で、明らかに尋常じゃなかった。

 だからと言うわけもないが、

 「おい」と、スウトウが手を出したのは少年の方で。

 肩をつかもうとした。

 瞬間、

 「危ない‼」と声を上げたのは、誰だったか?


 『年老いた犬』と『爪を研ぐ猫』だ。

 ジュンケンの、いつもの予感が発動する。

 日本行きの船に首尾よく密航、しかし見つかって、捕り物になっている最中に現れたのは?

 男の方は『年老いた犬』だ。

 死を受け入れ諦めている。

 運命に流され抵抗する意思を持たない、哀れな飼い犬だ。

 しかし、女の方は『爪を研ぐ猫』に見える。

 猫は野性味が強く、その気になれば戦闘力でも人間に勝る。

 彼より彼女が強者に見えた。

 しかし、

 「おい」と、手を出してきたのは男の方だ。

 そんな脅威でもないと思いつつ、甲板員達を叩きのめした勢いが止まらない。

 その腕を掴み、投げ飛ばしていた。

 「危ない‼」と叫んだのは女の方で、何の抵抗もなく、男は宙を舞っていく。

 驚いたような顔をしていた。

 ガラガラとモノが崩れる音。

 「うわっ‼」

 男は食糧庫の芋の山に突っ込んでいく。

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