第7話 憧れと、成り行きと
「で、日本には武士って言う職業があって、それは刀1本で戦って生きて、俺もそうなりたくて……(云々かんぬん)」
私は一体何を聞かされているんだろう?
怪我もしていたし大分疲れていたのだ。
眠くはない。ただ泥のように重たい状態で、ゲツレイはジュンケンの話を聞いていた。
追っ手を退けた後、もう襲って来ることが出来る戦闘員は父親の組織にはいなかったが、路地裏にいるのも不用心だ。
2人は港に向かい、薄明るくなってきた東を見ながら朝を待つのだ。
ジュンケンによると、今日この港から船が出る。
清国初の駐日大使を乗せた船だ。
日本も黒船来航から少しずつ変わり、嫌も応もなく開かれつつある。
日本と清は条約を結んだ。
だからこその駐在員の派遣だった。
「俺、武士になりたいんだ‼だから日本に行く船に乗るんだ‼」
明るくなり、だいぶ顔が見えてきた。
短髪で、整ってはいるが幼い顔立ち。
キラキラさせた目で海の向こうを見つめる姿に、
『子供だなぁ……』と、ゲツレイは思う。
現代風に言えば、小学生男子の顔だ。夢や希望に満ち溢れ、憧れだけで突き進む少年の顔だ。
いや、5、6年になれば彼より疲れた小学生は結構いるのではないか。
黙って見つめていると、
「……」
彼のほうもゲツレイを見ていた。
少し焦る。
「何?」
「いや、だいぶ落ち着いたみたいだから。」
「え?」
「あんま信じられないかもだけど、俺、拳法とかやってきたせいかな?誰かの今の状態って言うか、気持ちみたいなものがふっと見える時があるんだ。」
あの路地で、ジュンケンは触れると指が落ちそうな、ギラギラと光る小刀を見た。小刀には鞘がない。たった1人、すべてを敵に回す覚悟を感じたから、ジュンケンはその覚悟の元へ飛び込む。ゲツレイに助太刀したのだった。
「今は?」
「あまり見えない。落ち付いたんだろ?」
「疲れたんだよ。」
「ああ、なるほど。」
話すのは得意ではない。
紋切り型の会話を続けながら、この新しい相棒のことをゲツレイは思う。
変わった奴だ。
空はそのほとんどが明るく変わり、西に微かに夜が名残る。
この明るさでは、私の髪も目も、その色がすべて見えているはずなのに。
少年はそこは言わない。
気を使ってくれているより、おそらく気にも留めていない。
本当に、変わった男だった。
だからなのか?
「なあ、行くとこ無いんなら、俺と密航しないか?日本に行こう‼」と誘われて、
「うん」と、すんなり頷いていた。
上海には何もない。
どこかに行くのも一興だった。
「俺、黄順賢、14歳。」
ゲツレイは差し出された手を取ったが、一応マフィアの娘であり、家名は隠す判断をした。
「私は黄月玲(本当は孫)だ。」
「同じ黄かぁ。でも、俺のは先輩の家名を借りただけだし。」
「借りた?」
「うん、捨て子だったからな。いくつ?」
「14。」
「そうか。同じだな。」
いつか夜は消え去った。
上海港に朝が来る。
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