第5話 魔都・上海のあだ花

 ハーフゆえか、とにかく顔立ちの良かったゲツレイは、常にぎりぎりを生きていた。

 魔都の路地裏育ち……

 そこは『女』が迷い込んだだけで弄ばれ、翌日には骸になる。

 それが現実に起きる街なのだ。

 ゲツレイは中堅とはいえマフィアのボスの娘。

 相手が正常なら腫れ物に触るように見逃されるが、あいにくこの街には薬物中毒者や、理性の歯止めを母親の胎内に置き忘れた者が溢れている。

 最初の危機は7歳で、薬をきめたチンピラ青年に襲われかけた。

 「いい子にしてれば気持ちよくしてやるぜ、お嬢。」

 薄気味悪い笑顔で自分を組み敷く、男の目的はわかっている。

 裏通り育ちをなめてはいけない。

 だからゲツレイも、護身用に隠し持った小刀を男の瞳に突き立てた。

 「うぎゃぁぁぁ‼」

 叫び声が上がり、男から距離をとる。

 直後駆け付けた父親に、男は数時間に及ぶ暴行を受けた。1時間もしないうちに声は聞こえなくなったから、とっくに絶命していたかもしれない。

 男はエイシュウに撲殺された。

 考えてみれば……

 当時はまだ、親子の情愛みたいなものがあったのかもしれない。


 7歳の娘が成人した男を退けた。

 現代風でいえば、これは『会心の一撃でレアモンスターを倒した』ような出来事だった。

 ゲームなら経験値が大量に入り、レベルアップの音が続く。

 現実にはレベルの概念も事実もないのだが、『経験値』だけはべらぼうに入る。

 数値化されないだけで、いかに効率よく相手を退けるか、自らを傷つけることなく相手を無力化するか、その方法を覚えていく。

 最短最速で急所を狙え。

 一切の手加減無用、食うか食われるかの世界である。

 1年に1度くらい、無謀な勇者が現れる。

 ボスの娘と分かっていて、それでもタガが外れてしまう、それほどの美少女なのだが、ゲツレイ自体はそこに興味を持たない。

 ただ生き延びるため、己を守るために無表情に戦い続けた。

 ただ、生まれて14年目のある日、わずかながらの情愛ならあった、父親が襲い掛かる。

 

 アヘン戦争から10数年が経過して、機会を見るのに長けていた阿片窟経営の中年男は中堅マフィアのボスではあったが、それでも生き馬の目を抜く様な世界に少しずつやられていく。

 神経をすり減らせばアヘンに逃げる。

 そこにある魅力に逆らえなくなる。

 正常な判断を失えば、娘は極上の女でしかない。

 ただ、わずかに残る理性で、エイシュウは娘が手練れであるとわかっている。

 だから問答無用で切りかかり、脇腹を裂いた。

 殺したら元も子もない。

 致命傷にならないように、しかし動けないほどの傷を負わせる父親の不意打ちは見事成功したが……

 「ぶふっ‼」

 次の瞬間喉にナイフが突き刺さる。

 自覚できたか怪しいタイミングで。

 ソンエイシュウは即死した。

 娘は街に飛び出していく。

 

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