第4話 路地裏の少女

 活気にあふれ、人があふれ、物があふれ、近代建築があふれ、歴史的建造物もあふれる、上海。

 一歩路地に入れば、阿片窟があふれ、泥棒にひったくり、怪しげな仕事の男女があふれる街、魔都・上海。

 その昼なお暗い、昼間でも1人歩きは避けたほうが良い路地裏で、深夜、少女が1人で肩で息をしている。

 足元がふらつく。

 傷付いた野生動物が生き残るため、残る気力と体力をかき集める仕草だ、壁にもたれて動かない。

 少女の右脇腹が裂けている。

 この裏通りで性別がばれることはマイナスでしかない。

 少女は男物の服を着ていた。ゆったりした上着とズボン。濃紺だからわからないが……

 そこにもべったり血が染みている。

 「くそ親父……やってくれたなぁ……」

 小声で愚痴る、その唇が笑っている。

 少女の脇腹を切ったのは父親だ。

 代わりに少女は父親を殺した。

 少女は14歳になっていたが、適当な育てられ方のせいか成長は遅く、130センチにも満たなかった。

 乳房は『膨らんでない』に等しかったが、いざという時のために、そこにさらしを巻きつけていた。

 さらしをほどき、腹に巻く。

 切り傷は深く広かったが、内臓までは届いていないように思う。

 なら大丈夫……

 傷はいずれ治る。

 中身さえ、こぼさなければ大丈夫……

 痛みをこらえ強めに巻くと、心なしか足に力が戻る気がした。

 腹筋が、さらしのおかげで真っ直ぐ伸びた。

 これで大丈夫……

 「どこに行った‼」

 「子供の足だ‼近くにいるはずだ‼」

 「探し出せ‼」

 荒くれ者達の声がする。

 包囲網がだいぶ狭まってきた。

 少女は追われていた。

 彼女が殺した父親は、実はこのあたりの阿片窟を仕切る中堅マフィアのボス、ソンエイシュウ(孫英修)だ。

 少女の名は、ソンゲツレイ(孫月玲)。

 母親は彼女を生んで死んだ。

 上海はアヘン戦争後開港した街、西洋人の出入りも多く、ゲツレイの母親は英国人商人の随行員、ハウスキーパーだった。

 西洋人は自らアヘンを売り込みながら、学のある人間はそこに手を出さない。

 しかし下っ端は違い、ゲツレイの母親もアヘンに溺れ、エイシュウの阿片窟に出入りした。

 そしてエイシュウと男女の仲となり、子を宿し、産み、死んだ。

 最初から薬物で体が弱り切っていたのだ。

 『こんな邪魔なもの』と、普段なら乳児を床にたたきつけ処分したであろうエイシュウが、気まぐれに生かした子がゲツレイだ。

 組織のチンピラや春をひさぐ女達が、寄って集って育て上げた。

 ハーフのゲツレイは、東洋人的な体躯……というよりさらに平均以下の背丈で、幼い体つき。なのに赤い髪は光を当てればキラキラ輝き、あえて伏し目がちにする、瞳の色は深い緑だ。

 大人がたじろぐ、整った顔立ちの美少女なのだ。


 少女は追われている。


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