第3話 1度は占領された街

 13歳になった頃から、ジュンケンは日中は寺を出て街に向かった。

 会試は1年後で、受かっていないものは今は郷試の真っ最中だ。

 あまり受験生のやることではなかったが、少年は古典は辞典並みの知識量で、

 「今の世界を観察に行くのだ」と言われれば、誰も異論は挟めない。

 アヘン戦争敗北後に開港、アロー号事件で1度は占領までされた広州の街には、西洋人があふれていた。

 小さめのジュンケンの、倍近くある背丈。熊のような体格に、キラキラ光る髪をしていた。

 瞳の色もとりどりだ。

 ただ少年にとって西洋人は、

 『俺の体格だと、ワンパンは難しいよな。

 ……足払いで転ばせる?ウエイト差で難しいし……

 いっそ発勁で吹っ飛ばすか?でも、気を練るロスが気になるし……』と、ほぼ攻略モンスターの扱いだ。

 ジュンケンはアヘン戦争後の生まれだ。

 物心ついたころから、清王朝側から見れば侵略だし、西洋人から見れば自由貿易の一環としての、人の流入が続いていた。

 日常ではあった。

 しかし、敵愾心を持たないわけにはいかない。

 少年は『国』に絶望していた。

 何の策もなく外国人の流入を許し、あまつさえ体に害のあるアヘンの流入を許し、そんな場合でもないのに科挙試験などしている『国』が。

 下手に見る目があるのも問題で、先行きの暗さを思いジュンケンはため息をつく。

 いっそ国を出たいと思った。

 11歳のあの頃なら、『国を変えたい』と思えた。

 今はもう……

 それさえ無意味と断言できる。

 同じ頃、街できいた噂の中に隣の国の話が合った。

 その国には武士という身分があり、刀1つで戦って道を開く。

 噂だからいいとこどりだ。

 日本は江戸幕府末期、列強も押し寄せ始め混乱し始めた時期だったが……

 変な権威主義、学力偏重に疲れていた、少年の心には強く響いた。

 天才だが、脳筋なのだ。

 ましてや拳法は達人級だ。

 俺も戦って生きたい。

 ひりつくような毎日を過ごしたい。

 平和とは程遠い侵略の危機にあって尚、当たり前の日常を連綿と続けるこんな国は嫌なのだ。

 少年の心に生まれた渇望は……


 1年後、『科挙試験中に大脱走』という結末を迎える。

 もしかしたら次代を担えたかもしれない、コウジュンケンは姿を消した。

 完璧な答案を残して。

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