第43話 新米は仕事を選べない。
♦ ♦ ♦
俺は本当にあの選択で良かったのか――未だ答えが出ないでいる。
もっとラーナ……トレイル家に真っ向から抗議するべきだったか?
だけどまずノイシャがそれを望まない。それにトレイル家と争っている間に王家から横槍を入れられたら? 勧善懲悪の成敗で済ませて良いほど、残念ながら世界は優しくはない。だったら大きな貸しにしておくのも、今後の布石になるのではないか。
それに実際虐待を行っていたとしても、育ての親でもあっただろう司教が傷ついている姿を見て『自分の感情がわからない』と言った少女が、ラーナの行為を『悪事』と捉えていない。『嫉妬してもらえた』と感謝すら述べて、目を輝かせていた少女の前で、あれ以上ラーナを糾弾できる言葉を俺は持ち合わせていなかった。
――そういや、俺は口下手なんだっけな。
怒りは覚えても、あくまで相手は大切だった幼馴染。ノイシャが無事でいてくれたこと。ノイシャがラーナを責めないでくれたこと。そんな『聖女』に俺は感謝すら覚えてしまう。
――ただの無能の間違いじゃないのか。
もっといい解決方法があったのではないだろうか。
もっとノイシャの歪んだ善意に甘えず、彼女のためにできたことがあったんじゃないのか。
そもそも、こんなことが起こる前に対処できたのではないだろうか。
真面目なだけでは、いつか大切なものを失う。
その言葉の重みを、今になって実感する。少なくとも俺は二人の幼馴染を失くして、今も手に残ったはずの妻に逃げられたのだ。
そんな俺に比べて、俺の従者は憎らしいまでに有能だ。
たとえ俺がどんなに陰鬱な気持ちでいようとも、わざわざ屋敷全体に防音の結界を張ってまで(そうでもなければ、誰も気づかないなどおかしい)家出した妻の行方など、数時間で探り出してくる。
そのせいか……いや、そのおかげか。
俺の悩みなんかちっぽけだと言わんばかりに、新たに生じた悩みに巨大な疑問符をあげた。
「三分聖女だぁ⁉」
「はい、王都の真ん中でそんな商売を始めたらしく……」
「しかも王都……」
――よりにもよって、何を考えているんだ⁉
うちに居たくないのなら……悲しいけど、それでもいい。王族として生活したいのなら素直に引き渡すし、逆に城に行かずどこかで静かに暮らしたいというのなら、もちろんどこかに家を用意した。
だけど一人で。しかも王都。なんで⁉
だけど、彼女は決して馬鹿ではない。俺は机に両手をつき、項垂れる。
「俺に見切りを付けたか、俺らへの迷惑を考慮したか……どちらだと思う?」
「さぁ、どちらでしょうなぁ……」
セバス……どこか遠くを見ないでくれ。その反応が一番心を抉られる。
そんな俺はさておき、ノイシャは賢い。そして聖女として有能だ。たしかに『三分聖女』などという仕事を王都の真ん中で始めたら、大儲けは間違いナシ。しかも今後の課題になっていた上下水道問題も、彼女に依頼すればすぐに片付く。彼女も正式に賃金がもらえ、それなりに良い暮らしができるだろう。
だけど、彼女は圧倒的に世間知らずだ!
あんないたいけな見た目の少女がひとりで『三分聖女、売ってます』という看板を掲げようなものなら――それこそ『身売りしてます!』と言っているようなモンだろうがっ‼
「彼女を買った俺が言える話ではないのだろうが……」
「過ぎた後悔は老年暇になってからすればいいこと。少なくとも、忙しい今すべきことではございません。結果は動いたあとにしか付いて来ないのですから」
「……俺はまだ昨日の愚痴を吐いていないつもりだが?」
「お顔に描いてありますぞ。コレットの言葉を借りるならこうなりますか……たらたらのたらちゃん」
「なんだ、その珍妙な言葉は」
俺が半眼を向けるも、セバスはただ口角を上げるだけだった。
「存分に失敗して、後悔すればいいんです。あなたのフォローをするために我らが居るんですから」
「……俺はもう二十四だが?」
だけど、セバスはただ笑みを深めるだけだった。しょせん俺なんてセバスからすれば青二才なんだろう。俺は苦笑してから、話を戻す。
「そのコレットはどうした?」
「ノイシャ様の護衛に置いてきております。何かあるまでは姿を隠しておくよう言いつけてありますが……一応、ノイシャ様の御意思は尊重された方が良いかと思いまして」
「あぁ、いい判断だ」
コレットが付いているなら、いざとなれば男の二人や三人、簡単に撃退できるだろう。先日の怪我が多少尾を引いているだろうが、よほどの手練れが出てこない限り問題ない。
だけど……だけど……‼
「あんの……ど阿呆っ‼」
もう我慢の限界だった。聞き分けよく状況を受け入れるなんて無理だ。
俺は机を叩いてから即座に剣とマントをとり、部屋から出ようとする。
「セバス、すぐさま出るぞ‼」
「旦那様は、ノイシャ様が命の恩人だから報いようとしているのでしょうか?」
「はあ?」
いきなりの問いかけに、俺は苛立ちを隠さないまま応じる。
「今の今まで、そんな情報すっかり頭から抜け落ちていたが?」
「それは余計なことを申し訳ございません。余計ついでに、すでに登城時刻が過ぎておりますがよろしいですかな?」
――本当に余計なことしか言わないな。
時刻は昼前。昨日の一件の報告で、城の連中らは今か今かと俺が赴くのを待っていることだろう。すでに大遅刻だ。騎士団長が平謝りしてくれている真っ最中かもしれない。
だけど俺はマントを身に着け、迷わず吐き捨てた。
「知らん。サボる!」
頭でっかちな無能が、それでも誰かを守りたいと乞うならば――たとえ醜かろうと、ひたすら手足を動かすしかない。
♦ ♦ ♦
「あの……ここは、どこですか?」
私はおずおずとお客さんの後に着いていく。
どうやら患者さんがお店から動けないらしい。そういうこともあるよね。移動時間代もくれるというので(もちろんその分は治療より格安に設定してみた)、こうしてお二人の背中のあとを追う。
若い男性だ。やさぐれてる……と言ったら失礼なんだろうけど、シャツを着崩していて少々だらしない。お顔にも吹き出物がたくさんあって、たぶん不摂生なんだろう。息も独特な匂いがする。最初はこのひとたちの治療を求められるのかと思ったくらい。
患者さんの家は裏路地にあるらしい。お空はとてもよい天気なのに、どんどん周囲が暗くなっていく。私がキョロキョロしていると、振り返った男性のひとりがニタリと笑った。
「こっちこっち。この先に、オレらの馴染みの店があってさァ」
「はあ……そのお店に病人がいるのでしょうか?」
再度依頼内容を確認してみると、もう一人の男性も歪んだ笑みを向けてくる。
「そうそう。酒とクスリで最近具合悪くなってさァ」
暴飲はわかるとして……なにか体に合わない薬でも飲んでしまったのかな。
正直、あまり心が動く依頼ではないけど。
――これもお仕事。
まだまだ開業初日だ。いきなり断ろうものなら、今後の信用問題に関わるだろう。お仕事を選ぶなんて、新米あるまじきことだ。
――それにしても……疲れたなぁ。
『三分聖女』は思いのほかに繁盛した。繁盛しすぎた。広場でもトントンと五件の依頼を受けてしまったのだ。これで六件目。大変だ、もう十五分以上も働いてしまった!
「…………」
だけど、あの声が聴こえない。
『ど阿呆』と叱ってくれる旦那様の声が。
『ノイシャ様ああ!』と叫ぶコレットさんの声が。
『そろそろ休憩されては?』と気遣ってくれるセバスさんの声が。
――一日三件くらいがベストかなぁ。
その寂しさを誤魔化すように、私が仕事のことを考えていると。足元まで気が遣えなくなってしまった。石畳の隙間につま先がひっかかって、転びかけてしまう。
だけど、お客さんが私を受け止めてくれた。
「おぉと。聖女さまァ、おつかれかい?」
「はい……ちょっと眠くなってきまして」
「それならァ、元気が出るお薬とかど~ォ? なぁに、身体にイイモノしか使ってないから安全だよォ? オレらも毎日使っているんだァ~」
「おくすり?」
私が小首を傾げると、お客さんが胸元から何かを取り出そうとして――だけど突然、うつ伏せに倒れた。私は慌てて避けられたけど、そのお客さんの頭が大きな足に踏まれている。頑丈そうなブーツだ。まるで騎士のひとが履いているような――
「こんの……ど阿呆っ!」
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