第42話 3分聖女、やっほい!

 そんな楽しい食卓の中で、セバスさんは語った。


 旦那様が十歳の時に川で溺れた水難事故は、たしかに幼すぎる聖女によって救出されたらしい。奇跡によって溺れた旦那様を岸まで運び、胸に詰まっていた水も吐き出させたのだとか。だけどその聖女は自分の力のことがよくわかっておらず……その慈善によって彼女の存在が教会に伝わり、そのまま引き取られていったという。


「ラーナ様も、たしかにその現場に居合わせたのです。そして旦那様を助けようと川に飛び込もうとしてくださいましたが……私が止めたのですよ。二次被害になるのが目に見えておりましたからな」


 セバスさんは言う。その聖女は三歳前後の幼女だったことから、年齢的にも合致すると。


「でも今のノイシャ様にお会いして、私は一目でわかりましたよ。そりゃあお顔立ちなどは変わっておられますが……そのお可愛らしいあんず色の髪は、昔のままでしたからね」


 その話を聞いて、私は自分の残った一房を掴む。

 よかった。これだけでも……“私の色”が残っていてよかった。


 別に、昔の偉業を褒めてもらいたいわけじゃない。

 自分ですら覚えていなかったことは、正直どうでもいいけれど。


 ――それでも、よかった。


 マナを使い果たして、この一房も色が残っていなかったら、セバスさんが気が付いてくれなかったかもしれない。そうしたら今と、皆さんとの関係も変わっていたかもしれないから。


 私は自分に感謝する。

 この一房が繋いでくれた出会いが、私を幸せへと導いてくれたから。


 ――自分を大切にしよう。


 生まれてはじめて、私はそう思った。




 ご飯を食べ終わってから、とりあえずみんなそれぞれ仮眠をとることになった。

 明日も朝から忙しいから、少しでも休んでおこうということらしい。


「でもこれからどうします~? 王家……早ければ明日から動きますよねぇ」

「まぁ、諸々の書類提出と司教の身柄は引き渡してしまったし。時間が時間だからと詳細の報告が明日に回されただけだからな……」


 みんな欠伸をしながら、解散目前。そんな時、旦那様が私に尋ねてきた。


「ノイシャ。きみはこれからどうしたい?」

「私、ですか……?」


 小首を傾げれば、旦那様は真面目な顔で語る。


「あぁ。おそらく、きみは王家から引き渡し要請が出されるはずだ。上下水道の開発、整備を一任していた聖女として……いや、禁書の複写と解読の件がバレれば、大聖女や御子などと呼ばれるかもしれんな。とにかく、王家が保護という名目で城の中に入れたいのは間違いないだろう。公爵家としては、そんな命令が下されれば断わることはできない」


 ――そうだよね。


 ざっくりとしか聞いていないけど、私はやっぱり普通ではないらしい。

 どうやら今度は教会ではなく、王家が私を管理するらしいのだ。


 ――そこに、私の意思は……。


「司教にも言われてしまったが……俺らは書類だけで婚姻を結んだ。噂としては次期公爵と聖女の結婚として広まっているが、公としてそれだけじゃ弱いんだ。手違いだとか、聖女を保護するため一時的とか……色々理由をつけられて、それを反故されてしまうことも考えられる。くそっ、こうなるならきちんと式を挙げておけばよかった。大々的なお披露目さえしとけば難癖つけられることもなかったのに」


 そんな旦那様の愚痴は、半分くらい聞き流してしまったけど。

 私が視線を落としていれば、頭にあたたかいものが乗せられる。旦那様の手だ。


「だが、きみが嫌ならば全力で俺は抵抗しよう。これからもこの屋敷であの契約書通りのぐーたら生活が送れるよう、全てを懸けて尽力することを約束する」


 そんな旦那様の言葉に、私は目を見開いた。


「私が……選んでいいんですか?」

「当然だ。きみの人生なのだから」

「私の……」


 ――私の人生を、私が選べる?

 ――それなら、私は……。


 その願いを、私はぐっと押し込めて。

 こっそりと頭をお仕事モードに切り替えてから、旦那様に確認する。


「あの……私はもう聖女じゃないのでしょうか?」

「ラーナから言われたこと……じゃないな。もしかして、俺が契約書に記した文面をずっと気にしていたのか?」

「はい」


 それに答えれば、旦那様は気まずそうに頭を掻く。


「それはすまなかった。配慮が足りなかったな。此度の件が落ち着いたら、今一度契約書の文面を考え直すことにしよう。その時は、どうかきみの意見も聞かせてほしい」


 旦那様は本当に優しい方だ。

 生真面目で、少し融通は利かないかもしれないけど……それは私も人のことが言えないな。たしか出会ったときに、私も言われたはずだ。


『きみはけっこう真面目だな』

『おそらく、その言葉はお返しできると思います』


 ――懐かしいな。


 あの頃から何も変わらない旦那様が言ってくれる。


「俺はただ、きみがきみらしく健やかで居てくれれば、それでいいんだ」


 そのありがたい言葉に、私は答えた。


「少しだけ、考えさせてください」




「短い間でしたが、お世話になりました」


 私は大好きな皆さんと暮らしたお屋敷に、頭を下げて。

 ひとり、こっそりとお屋敷から出ていくことにする。


 だって旦那様は言った。公爵家として、王家の命令は逆らえないと。

 それでも私が『このまま生活したい』と言ったら、尽力してくれるという。


 矛盾しているよね。矛盾しているということは、かなりの迷惑をかけてしまうということ。


 私は皆さんのことが好きだから……無理はさせたくないもの。


 だけど、私は幸せなぐーたら生活を諦めたわけではないのだ。

 夢の『ぐーたら生活』はあのお屋敷で、散々研究させていただいた。


 ――ぐーたらを極める……その盟約はしかと果たさせていただきます!


 ただ、私はひとりになった。

 ただそれだけのこと。




「よーし、やるぞー‼」


 私はさっそく、王都の広場で看板を掲げた。

 木製の看板にはこう書いた。


『三分聖女、売ってます』


 私は学んだ。働きすぎは良くない。だけど働かないと生きていけない。それもまた真理。


 だったら、少しだけ働けばいいのだ。一日三分。経験上、たったこれだけの時間でも私なら色々とできる。怪我の治療をしてもいいし、何かを直してもいい。それこそまた下水道が壊れようものなら、今度はちゃんと賃金もらって直せばいい。


 一石二鳥。みんなやっほい! これほど素敵な商売はないのではなかろうか‼


「むふふ」


 我ながら素晴らしい名案に笑みまで零れてしまう。

 賃金は時給制。三分でひと宿分ぽっきりだ。きちんと王都の端にある宿屋さんで一日二食付きの代金は調べたから、そのお値段。余裕がありそうだったら一日何件かお仕事を受けて、貯蓄していこう。宿代以外にも、生活費ってかかるだろうしね。


 わくわくと看板を持って座っていると、近くを通りかかったおじさんが声をかけてきてくれる。


「三分聖女ってなんだい?」

「はい、三分間だけ聖女として奇跡を提供するということです!」

「へぇ……じゃあ長年の腰痛も治せるのかい?」

「もちろんです!」


 このおじさんを皮切りに、物は試しと大勢の人がやってきた。


 お金ざくざく! みんなもにっこり! 街もキラキラ!

 大反響だ! 三分聖女、やっほい‼

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