第41話 みんなお揃いのジャージで


 それからひと通り引き渡しやら、簡単な事情聴取を受けた。


 どうやら私は旦那様らの付き添いで教会に来てしまった、ということになったらしい。元より、教会まわりのお金の動きが怪しかったから、お城のひとたちが調査を進めていたということ。実際主にセバスさんが動いて旦那様個人的にも調査をしており、それがコレットさんが音読していた書類なんだって。


 お城の人たちが来る間に軽く捜索していたら、応接間の隠し棚の中に、私の今後の生活スケジュールの書類が入っていたの。ラーナ様と司教様のサイン入りで、私がのんびり聖女生活を送れそうな、毎日八時間の睡眠時間とは別にしっかり六時間ぐーたらできる予定表。教会にいた頃からこんな生活送れてたら良かったなって、思うくらいの……。他にも司教の今までの悪事を黙っておく代わりに、いろんな体制の見直しを図る書類の数々には、全部ラーナ様と司教様のサインが入っていた。


「ラーナ様はどうして、この書類のことを言わなかったのでしょうか……」

「彼女なりの矜持なのかもしれんが……だからと言って、俺が受け入れられるものではないな」


 少なくとも、この書類が城にバレると話がややこしくなるからと、旦那様はすぐビリビリに破ってしまった。「こんな俺のどこが真面目なんだか」と、小さく呟きながら。


 帰りの馬車の中で旦那様から聞いた話によると、教会組織はしばらくは国が厳しく監査するように動いていくそうだ。そのため貴族上がりの聖女たちも、今までのようなゆっくりとした仕事ぶりではいられないとのこと。司教様は解任はもちろん、お城の牢屋で最低十年は過ごすことが確定。それ以上は今後明かされていく余罪でどんどん増えていくらしい。代わりの司祭長は国がしっかりと審査した者が新しく就くことになるという。


 ちなみに司教様、ちょっと直近の記憶が混濁していたらしい。セバスさんが「ついやりすぎましたかな」と笑っていたけど……いいのかな? 


 ラーナ様は……私が望んだとおり、罪には問われないらしい。だけどすでにお城で悪い噂が広まっているらしく(派手にお城に行ったコレットさんが関係しているらしいけど、どういうことなんだろう?)、今後お城で働く上で、より一層厳しいお立場になるそうだ。……無事に乗り越えて、素敵な領主様になってくれるといいな。


 ともあれ、若手騎士ながらに教会の悪事を暴いた旦那様は大手柄らしい。


「まぁ、最近俺に流れてきていた仕事も、結局は教会の横領を示唆するものばかりだったからな……つまり全部仕事を押し付けてきていた団長のお膳立てというのが癪に障るが」


 旦那様はそうおっしゃっていたけど……ご挨拶だけした団長さんはとても優しそうな方でした。ただそのことに小言を言った旦那様に「結婚祝いだよ」と返していたことだけがよくわからない。バルサ様は私にお城で働けばなんておっしゃっていたけど、やっぱり私には体力面だけでなく厳しそうな職場である。そこで働いている旦那様も、バルサ様もラーナ様もすごい。


 みんなで屋敷に戻ってこられたのは、すっかり夜も更けた頃だった。

 こんな遅い時間なのに、ヤマグチさんがホカホカでつるつるな麺料理を作っておいてくれたの。スープがしょっぱいだけじゃなくて、すごく奥深い味がしてとても美味しい。異国の『らーめん』っていう料理なんだって。


 それをずるずると屋敷のみんなで啜る光景は、なんだか少し面白かった。


 みんなで「疲れた~」と言いながら、桃色のジャージに着替えて。ずるずる同じ料理を啜る姿はとてもキラキラして見えて。その中に自分も居るんだってことが、とても嬉しくて。


 ――もしかして、これが『家族』っていうのかな。

 ――そうだったら……いいなぁ。


 思わず「くふふ」と笑っていると、向かいに座る旦那様が「どうした?」と訊いてくる。だけど思っているのを話すのは少し恥ずかしかったから、私は慌てて他のことを尋ねた。


「わ、私、小さい頃に旦那様のこと助けたんですか⁉」

「どうやらそうらしいな。本当なら両手を付いて感謝するべきなのだろうが……本当に欠片も覚えてないから今一つ実感がない」

「大丈夫です。私も感謝されても困るくらい、覚えていませんので……」


 旦那様はスープをズズズと啜ってから、お隣のセバスさんを見やる。


「セバス。おまえ知ってたんじゃないのか?」

「はて、何のことでございましょう?」


 平然と料理に胡椒を足すセバスさんの対面、私の隣のコレットさんが旦那様の器から煮卵をとりながら言った。


「あ、コレットちゃんは父さんから聞いてましたよ」

「コレット‼」


 旦那様が慌てて手を伸ばすも、コレットさんが口に入れる方が速い。もぐもぐ咀嚼し、しっかり飲み込んでからコレットさんは言う。


「いや、よくよく考えてくださいよ。いくらノイシャ様が小さくて可愛いくて、旦那様がばかみたいな理由から女を買ってきて、そんなばかな旦那様からの厳命があろうとも……有能なわたしたちが何の理由もなしに、始めからばかみたいに素性の知れない相手を猫かわいがりすると思います? そもそも他の人だったら、旦那様が『妻を買う』『どやぁ』した時に旦那様の息の根ごと止めてますってば」

「わかった。おまえが怒っていることがよくわかった……悪かったよ」


 コレットさんの怪我は、私が治療したの。細かい傷は私が疲れるからいいと拒否されてしまったけど……今もこんな遅い時間だというのに、コレットさんはとても元気そうだ。


「どこかのご夫婦の寝室にミンミンうるさい虫でも投げてきていいですか?」

「絶対バレないと約束できるのなら許可しよう」


 だけど旦那様がため息を吐くから、私は自分の煮卵を旦那様の器に移しながら話す。


「じゃあ……私が命の恩人じゃなかったら、大事にしてもらえなかったと……?」

「そんなわけないじゃないですかぁ~。もう誰ですかぁ、こんな可愛いノイシャ様を不安にさせたのは~‼」

「おまえだよ、おまえ」


 コレットさんに抱きしめられて。結局、煮卵も「きみが食べろ」と返されて。

 ジャージ姿でみんなで食べるご飯は、とても美味しい。

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