第40話 大切なものはしまいましょう。


「いいのかい? 僕らをここで解放して」

「正直俺としてはかなりモヤモヤしている。だが、それをノイシャが望んでいるからな。いいんだろう?」


 旦那様としては、犯人が友人だ、被害者が身内だ、という問題を抜いても、誘拐犯をこのまま無罪放免にするのは騎士としてものすごく抵抗があるらしい。


 だけど旦那様からの問いかけに、私はこくりと頷く。だって、私は誘拐されていないもの。


「ラーナ様に嫉妬してもらえるなんて……すごくやっほいな経験でした。ありがとうございました!」


 ただラーナ様に色々と学ばせてもらっただけ。

 

 私なんかでも、誰かに嫉妬されることがあるということ。

 そしてどんなキラキラして見えたひとでも、心に黒い部分があるということ。

 そんな黒い部分ごと、受け止めてくれるひとが居るということ。


 ――たとえ私が間違ったことをしても、旦那様は受け止めてくれるのかな?

 ――あれ? 元より私、いつも『ど阿呆』と怒られてばかりでは?

 ――それって、つまり……?


 そんなことを考えていると、「意味がわからないわ」と頭を押さえたラーナ様が訊いてくる。


「どうして、あんな映像を私に見せたの?」

「えっ?」


 ――どうしてと訊かれても……。


 少し考えながらバルサ様や旦那様を見て。それからラーナ様を見上げた。


「私は、もう聖女じゃないので」

「ますます意味が分からないわね」

「聖女だったら、あの映像を一般の方に見せることはできません。司教様の許可なく聖珠せいじゅを公開することは規則で禁じられていました。でも、私はもう聖女じゃないので」


 同じ言葉を繰り返して。自分に言い聞かせてから、私は告げる。


「だから、告げ口したくなったんです。ラーナ様は私に嫉妬する必要はないんだって。旦那様とバルサ様。こんな素敵なお二人に好かれるラーナ様は、とてもキラキラ眩しい……私の憧れのすてきなひとなんです! だからそんなひとに嫉妬してもらえる私も、ちょっとはキラキラできてるのかもって。自分に自信が持てたんです。本当にありがとうございました!」


 一息に言いのけて、おずおずラーナ様を見上げると。

 ラーナ様はとてもきれいな顔で笑っていた。


「やっぱり私、あなたのこと嫌いよ」

「がーんっ!」

「罪を罪とも認識してもらえないとか、これほどの屈辱もないわ。よっぽど牢の中で余生を過ごす方がマシ」

「がががーんっ!」


 思わず、ショックが口から出てしまった。そんな……私、ラーナ様に嫌われたいわけじゃなかったのに……。だけどラーナ様は平然と私を笑ってくる。


「さすが聖女様。謝らせてももらえないとか、嫌みすら善意なのね」

「ラーナ、言い過ぎ」


 バルサ様に制止されても、ラーナ様は「ふふっ」と笑うだけだった。


「だって彼女のどこが聖女じゃないというの? 誰がどう見ても立派な聖女じゃない……良くも悪くも」

「それは……まぁ、そうかもしれないけどさ」



 そんなことを話していると、旦那様が「そろそろ」と言ってくる。

 早くしないと、お城の騎士や視察官が来てしまうらしい。彼らと居合わせてしまえば話がややこしくなるだろう、ということだ。


 だけど、旦那様は言う。


「正直、俺は当分きみの顔を見たくないが……それでも、きみと今まで友人として過ごした時間はなくなるわけではない。それだけに……今回のきみには、とても失望した」

「……真正直に、あなたまでそんなことまで言わないでよ」


 そう微笑んだラーナ様の目には、涙が浮かんでいて。

 だけどそれを落とす前に、ラーナ様は踵を返す。


「この罪……いえ、恩赦かしら? いつか必ず償うわ」

「償われても許せるとは限らないぞ」

「そんな綺麗事は望んでないから安心して」


 そしてトレイルご夫婦が二人揃って教会を出て行く直前――ラーナ様が振り返った。


「あなた、そっちの方が素敵よ」


 ――えっ?

 ――私もしかして、今『ぐーたらモード』だった⁉


 いきなり褒められて。同時に仕事放棄していたことが発覚し。頭が追い付かなくて。とりあえず、私は叫んでいた。


「いつかラーナ様に好いてもらえるように、私がんばりますね!」

「……あなたはもう好きにしてちょうだい」


 そう鼻で笑い飛ばされてしまうけど。

 どんなに服が汚れていようとも、その後ろ姿はやっぱりキラキラまぶしい。


「――と、あっちはそれで片付けるとしても、だ」


 旦那様が首の向きを変える。それにつられて、部屋の奥を見やると。

 コレットさんが揚々と書類を読み上げていた。


「えー。たとえ誘拐罪がなくなっても、まだまだ貴方には余罪がありますからね〜。王都上下水道の開発発展を私欲目的で妨害。所有する聖女ひとりに一任することでその多額な管理経費で私腹を肥やしたとして――」

「知らん! 知らん知らん知らん知らん知らん‼」

「何度貴方に知らんと言われても、コレットちゃんと書類様が知っているので何も問題はありませんっ! 早くこの書類をお城の視察官に見てもらいたいなぁ」

「だから知らんのだ! ワシはあの女に騙されて――」

「あぁ、負け犬の遠吠えは愉快……いえ、愉悦ですわ〜〜‼ なんちゃって♡」


 楽しそうに笑うコレットさんの横で、セバスさんは欠伸をかみ殺している。なんやかんや、もう時間も遅いみたい。空はとっくに暗くて、普段ならもう私も寝ている時間だ。


 ――ぐーたら生活の場合なら、ね。


 私が小さく笑っていた時、司教様が私を呼んだ。


「なぁ、ノイシャ……お前ならわかってくれるだろう? ワシがどんなに民草を思い、そしてノイシャのことを大切にしてたか……こいつらに教えてやってくれ。なぁ? 親代わりであったワシのことを助けて――」

「聞かなくていい」


 司教様のこんな情けない声を、私は聞いたことなかった。

 だけど途中で、旦那様が私の両耳を手で覆う。そしてそのまま私の頭ごと隠すように、その腕の中にしまわれてしまった。さらにマントで覆われてしまうから、私なんかすっぽり収まってしまって。


「――やれ」


 だから、旦那様の低い声は聞かなかった。

 醜い男性の悲鳴も。ドタバタとお二人が動く音も。何もかも。


 私はただ、旦那様の胸の鼓動しか聞こえない。

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