第28話 懺悔室はお悩み相談室ではない。
「えーと、改めてノイシャさん。僕はバルサです。元商人の息子です」
「はい、ノイシャです。元聖女です」
ニコニコとしてくれるから。私もニコニコしてみる。……ちゃんと笑えているかな?
そういえば、バルサ様とこうして会話をするのは初めて。いつもラーナ様がたくさんお話してくれるからね。バルサ様も決して寡黙なひと、というわけではなさそうだけど。
なんだかんだお互い気まずい中、バルサ様がわかりやすく気を使ってくれた。
「ノイシャさんは……教会に居た頃はどんな生活してたの?」
「えーと……働いてました」
「ずっと?」
「ずっとです」
「そっか……さっきはラーナがごめんね」
――なんで、ラーナ様がごめんね?
いきなり謝罪されて目を瞠っていると、バルサ様が「あっ、気づいてないならいいんだ」と自身の赤い髪の裾をくるくる指で弄ぶ。
そして紅茶を一口飲んでから、再び世間話を投げかけてくれた。
「働いていたときのことって、どのくらい覚えている? たとえば懺悔にきた礼拝客の話とか」
「ほとんど全て覚えてますよ……バルサさんが来た時のことも」
「あ、やっぱり覚えてるんだ」
――そう、これは世間話。
話慣れない二人が、とりあえず場を繋ぐためにする話。
――それで、いいんだよね……?
私はあちこち忙しなく動くバルサ様の視線をなんとなく追いながら、世間話を続けた。
「……たしか、ご友人が好きなひとを好きになってしまった、と」
「そう。本当にノイシャさん、頭いいんだね」
毎日何人もの話を聞いていたのにね。そうバルサ様は褒めてくれるけど。
命令ではなく、まともに私と
♢ ♢ ♢
だから、バルサ様のこともよく覚えていた。
『大事な友人が好きな人を、好きになってしまったんです……』
そういった恋のお話はよく懺悔室で聞いていた。
私はただ聞くだけ。懺悔とは、自身の中にわだかまる後悔を吐き出すこと。
だけど、たまに懺悔の意味を履き違えるひとがいる。バルサ様もそのうちの一人だった。
『僕は……どうしたらいいのでしょうか……?』
――それを私に聞かれましても……。
聖女はただ話を聞くだけ。なにか質問したとて、それは相手の話を促すためにするものだ。
どんな悪いことを告げられようとも、諭すなんて厳禁。自分の意見を言うなんて以ての外。
そんな言わば壁役の私に訊かれたとて。しかも恋愛とか、ましてや三角関係なんて無論私には経験のないこと。だから、私も困ることしかできなかった。
『どうしたらいいんでしょうねぇ』
『え、それを僕が聞いているんですけど⁉』
『それは存じているのですが……』
懺悔室は、決してお悩み相談室ではない。
だけどここで怒らせてしまうと、あとで私が司教様から鞭で打たれてしまうから。私はなんとか言葉をひねり出す。
『あなたは……その好きな女性とどうなりたいんですか?』
『どうって……そりゃあ付き合いたいし、いつかは結婚とか……』
『ご友人の方も、同じなのでしょうか?』
『う~ん。直接腹割ったわけじゃないけど、多分そうなんじゃないかなぁ?』
『お二人でその女性を分け合う、というのは難しいんですかね?』
『なにその背徳的な選択肢⁉』
あの……はい。ですよね。不貞行為が許されるのは神のみですもんね。
うーん、分けられないのなら……私は指で見えない三角を書きながら口も動かしていた。
『だったら、その女性に選んでもらうしかないんじゃないでしょうか?』
『いや、まぁ……うん。それはそうなんだと思うんだけど』
『じゃあ、やっぱり三人で仲良く――』
『だからそれはダメでしょ! 聖女様は欲求不満なの⁉』
――欲求不満?
欲求……私は何か欲を求めているのだろうか? しいてあげるとすれば、好きなだけ寝てみたいとか? 美味しいものを苦しくなるまで食べてみたいとか?
でも、多分今はそういうことじゃないので。私は相手に見えないけれど、小首を傾げる。
『ダメ、なんですか? 三人でずっと“おともだち”でいるのは』
『あ…………その、早とちりしてしまい、すみません』
『あの、いえ……私の方こそすみません』
相手に見えなくても、頭を下げる。なんか癖。
だけど返ってきた声は、案外明るくなっていた。
『うん……でも、やっぱりダメなんだろうな』
そう苦笑したと同時に、立ち上がる雑音が聞こえてくる。
『聖女様、ありがとうございました。僕、ちゃんと二人にぶつかってきます!』
懺悔室の不思議なところは、なんだかわからないうちに、相手の悩みも解決してしまうところ。そうしてそのひとが帰り、次のひとが入ってくるわずかな時間。私は少しだけ肩を下ろす。
――欲求不満かぁ……。
人間には大きく三つの欲があるという。
食欲・性欲・睡眠欲。
その三つが満たされていれば、人間は幸せで居られるらしい。
恋愛は、おそらく性欲に属するもの。私とは無縁だ。
つまり――食欲も睡眠欲すらも欠けている私は、多分きっと不幸なのだろう。
――不幸、かぁ……。
そう言われたとて、この暗い世界しか知らない私は、どうすればいいのか。
――だって、今も生きているし。
その日も、次の日も、そのまた次の日も。
不幸すら知らない私は、ひたすら他人の懺悔を聞く。
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