第27話 究極の桃アイス
まるでお菓子の花畑だった。
ケーキにクッキーにプリンにゼリー。お口直しの三角サンドイッチや一口サイズのパスタが、お城のような金属細工に盛り付けられている。ここが中庭のあずまやという場所の相乗効果もあるだろう。ここが天国だといわれても、私は何も不思議じゃあない。
思わずお仕事を忘れて観察していると、ラーナ様が旦那様に苦言を呈していた。
「ちょっと……アフタヌーンティーも出してあげてないの?」
「俺がこんなチマチマしたものを好むと思うか?」
「あなたの奥さんがこんなにも喜んでいるのだけど」
それに旦那様は「コレットに言っとく」と不貞腐れて。
――しまった!
これじゃあ、コレットさんがおやつを出してくれていないみたいになっちゃうのかな⁉
いつもお茶やお菓子は当然もらっている。だけど最近は毎日究極のアイス作りの研究をヤマグチさんら三人でしていたから、他のおやつを食べる暇がなくて……。
それをどう説明しようか悩んでいると、バルサ様が「うっま!」と叫んだ。
「ちょっとラーナもお土産のアイス食べてごらんよ。めちゃくちゃ美味いよ⁉」
「あら、ごめんなさい。ノイシャさん、いただくわね」
「あ、はい。どうぞ……」
お土産の評価で訪問者の価値がわかるって、礼拝者の貴婦人から聞いたことがある。
だからドキドキとラーナ様の様子を窺い見てると、スプーンを咥えた瞬間、ラーナ様の目が大きく見開かれた。
「まあ! 本当だわ。こんな美味しいの初めて‼」
――よかったぁ!
ほっと胸を撫で下ろす。やった、やったよヤマグチさん! 帰ったらお礼言わなきゃ。コレットさんは『当然ですよ』くらい言っちゃうのかな。楽しみだなぁ。
アイスをパクリ。桃のアイスは甘いんだけどまろやかな酸っぱさもあるから、いくらでも食べられちゃう。そうして疲れを癒していると、ラーナ様が私の横に座る旦那様に半眼を向けていた。
「ちょっとリュナン。あなたは何か反応ないの?」
「反応と言われても……アイスはアイスだろ」
「もう本当にあなたは面白みのない……こんなくちどけのいいアイスなんて、王宮でもご相伴預かれないわよ? あなたのうちの料理人は国一番のドルチェを作れるといっても過言じゃないんだから⁉」
「そんな大げさな」
旦那様も甘い物はお好きらしいとのコレットさん談。
だけど一緒にアイスを食べるのは初めてだから、できれば喜んでもらいたかったんだけど……。旦那様はこちらを見ず、もくもくとアイスを食べ進めながら言った。
「でもこれ、三人がずっと毎日研究していたというやつだろう? あちこちの産地のミルクなどを取り寄せてたと思ったが?」
そうなの。そうなのです!
この話の流れは……説明するのが自然だよね? お披露目していいよね⁉
「はい。ミルクや生クリームは産地ごとに乳脂肪分が異なりましたので。混ぜる材料ごとに違うものを使用させていただいております。ちなみに凍らせる温度にも気を使いまして、ゆっくり凍るようにして、ようやく生クリームのようなくちどけ感を提供できるようになりました」
ちなみに含有脂肪分が高いと、なかなか凍りづらくなるからそこも微調整が必要だった。
温度の違う保冷庫を三か所に作って、旦那様に呆れられたのは最近の話。使っていない客間を保冷庫にしたいと言ったらさすがに渋られたので、ヤマグチさんと専用の箱を作ったの。持ってきた保冷バックはその応用でできたもの。
私がペラペラと語れば。ラーナ様は少し唖然としてから、ニコリと微笑んでくれた。
「あら……ノイシャさんは研究熱心なのね」
「そう……ですかね?」
隣の旦那様に視線を向ければ、アイスを食べながらこくりと頷かれる。
「もっとぐーたらしてくれてていいんだけどな」
「ぐーたら……してますよ? ただ屋敷の本は全部読み終わってしまっただけで」
「は?」
青い目を丸くした旦那様が、乾いた笑いを浮かべていた。
「全部って……ノイシャの部屋の本、てことだよな?」
「いえ? 屋敷全体の本です」
「だって三百冊以上はあるぞ⁉」
コレットさんに聞いたところ、リュナン様のご両親が本好きということで、ご実家で置ききれない分が倉庫代わりに置かれているらしい。そのお話通りの蔵書量でしたが、私も一日何時間もの読書時間がありましたので。一か月持たず、あっという間に読破してしまった。
旦那様のみならず、ラーナ様もバルサ様もスプーンを動かす手が止まってしまっている。
あれ、なんか変なこと言っちゃったのかな?
私がどうしようか考えていると、ラーナ様はまた笑顔で質問をしてきてくれた。
「その中で好きな本はあったのかしら?」
「そうですね……『世界の三ツ星デザート図鑑』は全部おいしそうでした」
「ほんと食い意地が張ってるよな……」
顔を片手で覆った旦那様が「今日の服もアイスをイメージして選んだらしい」と付け足せば、ラーナ様が「可愛らしいじゃない」と褒めてくださる。えへへ、このワンピース気に入ってたから嬉しい……。
そんなラーナ様が、また私に質問してきてくれた。
「物語のようなものは読まないの? レッドラ夫人は恋愛小説を好んでいたと記憶しているけど」
「あっ、ありましたよ。『百日後に死ぬ令嬢』の話は興味深かったです。ドーナツがとても美味しそうでした」
「ふふっ、他には?」
「あと『おつかれ聖女』の話ではお鍋が美味しそうでしたね。香辛料が効いているということだったから、寒冷地だったのでしょうか?」
「ちょっと描写が足りなかったけど、鹿鍋ということだからそうかもしれないわね」
わぁ、すごい! なんか私自然とラーナ様と話してる‼
おしゃべりだ! これがおしゃべりってやつだよね! と内心興奮していると、旦那様が小首を傾げていた。
「ラーナも読んだことあるのか?」
「えぇ、勿論。流行りの小説なら全部目を通しているわよ。社交界でいつどこで『男のフリして働いているから』と、夫人らに足元見られるかわからないからね?」
アイスを食べ終わったラーナ様は紅茶を一口。優雅にカップを置いてから、目を伏せられた。
「私も『百日後に死ぬ令嬢』の話は好きね。ラストがとても綺麗だったわ」
「海で再会したシーンですよね」
「そうそう。でも……最近読んだ小説の中で、いちばん主人公が
――えっ?
予想と逆の言葉に、思わず声を詰まらせてしまう。
だけど、ラーナ様は何食わぬ顔で小さなサンドイッチに手を伸ばしていた。
「次期王妃となる令嬢として。百日で死ぬ運命を受け入れた少女として。その生き様は一見カッコイイのかもしれないけど……与えられた人生そのままを受け入れるというのは、いささか子供すぎるんじゃないかしら」
そしてサンドイッチで口元を隠してしまうから。
笑っているのか、怒っているのか、私からは表情がわからなかった。
「自分の人生は自分で切り開くものよ。たとえどんな苦難があろうとも、ただ弱音を笑顔の裏に隠したまま耐えるだけなんて、根性なしの子供がすることだわ」
「――ラーナ」
そんなラーナ様に声をかけるのは、リュナン様。
隣を見やれば、旦那様の表情がいつになく険しい。それにラーナ様は肩を竦める。
「あら、ごめんなさい」
そしてサンドイッチを食べてから。ラーナ様は膝を払った。
「そうだ。ちょっとリュナンを借りてもいいかしら? 仕事のことで相談したいことがあるの」
「仕事?」
「えぇ、ちょっと
仕事という単語に、旦那様の眉が跳ねる。そしてちらりと私を見てから「仕方ない」と腰を上げた。それに満足げに頷いたラーナ様が、未だアイスをちびちびと食べていたバルサさんに声をかける。
「バルサ。ノイシャさんのお相手、頼んだわよ?」
「え? まぁいいけど……」
「それじゃあ、リュナン。こっち」
一足先に、部屋から出ようとするラーナ様のスカートの揺れがとても綺麗だった。それに見惚れていると、
「それじゃあ、少しだけ行ってくる」
旦那様は私の色の残った一房をそっと持ち上げてから、ラーナ様のあとを追う。
「……二人になっちゃったね」
「…………はい」
そして、私はバルサ様と二人であずまやに残されたのだ。
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