第26話 いざ、お宅訪問!
♦ ♦ ♦
「いよいよ明日ね! いっぱいお菓子やケーキを用意しておくから。お腹空かせて来てちょうだいね!」
「はい……楽しみにしています」
そうして今日も、旦那様に「行ってらっしゃい」をして。
明日は、ラーナ様のお屋敷に遊びに行く日です!
今日のお仕事を終えた私は、存分にぐーたら……せず、ここ数日はずっとそわそわしっぱなしだった。
「コレットさん、コレットさん。どっちのワンピースがいいと思いますか?」
「どっちでも可愛いですよ~」
「あっ、お土産というのも必要なんですよね! うわぁ、どうしよう……貴婦人に私がお土産……あっ、リバースドールの遺物再現品なんかどうですかね? 何か不幸があった時に身代わりになってくれる人形のことなんですけど――」
「なんか国宝級の代物が出来上がりそうなので却下!」
色々バタバタしていた気がするけれど……でも全部がすごく楽しかったから、毎日とっても元気いっぱいでした。
そんなこんなで、いざ当日っ!
今日の御者はヤマグチさん。セバスさんもコレットさんも、今日は親子水入らずで予定がある様子。そんな馬車の中で、私は震えていた。
「ガクガクぶるぶる」
「なぁ、ノイシャ。そんなに緊張しなくていいんだぞ?」
「ガクガクぶるぶる」
「しかも、それを口で言うやつは初めて見た」
「えっ?」
私は口を止めて小首を傾げる。
「口で言っていれば緊張が紛れるって言いませんか?」
「『緊張している』などという事実を言葉にすることで……という精神コントロールなら有名な話だが、擬態語を口にしている人はあまり見ないな」
「……しょんぼり」
ラーナ様たちのお屋敷は王都に行くよりも近いらしい。
旦那様のお屋敷と同じく、ラーナ様のご実家であるトレイル家の別邸。そこには旦那様も昔からよく遊びに行っていたとのこと。
そんなお屋敷は、やっぱり旦那様のお屋敷と同じくらい大きくて。
しかしお庭の様子など、どことなく雰囲気が違う。どちらかといえば、こちらのお庭の方が昔ながらの庭園って感じ。セバスさんのお庭は異国風だからね。同じお貴族でも、やっぱりお家によって雰囲気というものは変わるみたい。
だけど古き良きお屋敷から出迎えてくれるラーナ様方は、いつも通り眩しかった。
バルサさんの服装はあまり変わらないけれど、ラーナ様は本当のお姫様みたいだった。山吹色のワンピースがとても良く似合っている。私もピンクのドレスを着てきたのだけど……やっぱり似合っていないんだろうなぁ。
服装は違えど、ラーナ様の笑顔はいつも通り太陽みたいだ。
「いらっしゃい! どうぞ気兼ねなく寛いで。今日は使用人も少なめにしているから」
わわっ、これでも少ないの?
ラーナ様とバルサ様の後ろに、お辞儀している人たちが十人以上いるけれど⁉
声を出さずに驚いていると、旦那様が苦笑した。
「うちが極端に少ないんだ。これが普通」
そんな旦那様が、私の背中にそっと手を当てる。
これは合図だ。
――さぁ、お仕事を始めよう。
私は頭を切り替えて、ラーナ様に向けてたくさん練習した微笑を向けた。
「今日はお招きありがとうございます。こちら、気持ちばかりではございますが……」
「あら、お気遣いありがとう。中身は何かしら?」
「アイスです!」
手提げかばんを渡した途端、ラーナ様の笑顔が少しだけ曇った。憂慮するのは当然だろう。アイスをここまで運んでくる間に、普通なら溶けてしまうもんね。
だけど、そこは心配無用!
私は笑顔を続けながら説明する。
「そのかばんにはマナの式を埋め込んでおきまして。中はずっと長時間冷たい状態になってます。なので、あと一週間くらいは溶けずに美味しく食べられる状態かと」
「一週間⁉」
「はい。そのあとはまたしばらく冷やしておいていただければ、同じように使えるかと思いますので。そちらのかばんごとお土産としてお受け取り――」
「いやいや待って待って待って」
私の話の途中で、割って入ってくるのはバルサ様だ。
なんだか目をギラギラさせて、ラーナ様に渡したかばんを掲げている。
「本当だ……ひんやりしている。再利用が可能な保冷バッグなんて……これで特許とって量産したら大儲けだぞ? いや、これ一個だけでも一体いくらの値が付くか……」
なんか、そんな観察されると……ちょっと緊張する。
大丈夫かな? マナの式きれいに書けているかな?
ちょっと我に返りつつバルサ様の反応を待っていると、旦那様がため息を吐かれた。
「俺は止めたんだがな。どうしても一番美味しい状態のうちの料理人のアイスを食べてもらいたいと言って聞かなくて。だからそのかばんはここだけの物にしておいてほしい」
「くそぉ。大儲けのチャンスが……‼」
自身の太ももを叩いて本気で残念がるバルサ様。バルサ様は商家のご出身とのことだから、きっと商売のチャンスに余念がない、ということなのかな。真面目だなぁ。
そしてひとしきり悔しがったあと、私の肩に手を乗せてきた。
「ノイシャさん。大儲けがしたくなったら、いつでも相談してくださいね。相談料は友達料金にしておくんで」
「は、はい……覚えて――」
おきます、と最後まで答えるまえに。
バルサ様の手を、旦那様が掴んで持ち上げていた。「痛いって」とバルサ様に文句を言われて、ようやく捨てるように離す旦那様。その顔はとても不機嫌そうで。
あ、そうか! 私も公爵家の夫人ってことだから、私が大儲けを考えるってことは、公爵家の今の財力に不満があるってことになるもんね! それはとっても失礼だ。こんなにも毎日良くしてくださっているのに……。
慌てて旦那様に謝ろうとするも、その様子を見てクスクスと笑っていたラーナ様が話しかけてきてくれる。
「ノイシャさんはアイスが好きなの?」
「えっ……はい。アイスが一番好きです。でもプリンも好きです」
「ふふっ。今日はクッキーもケーキもたくさんあるわよ。いっぱい食べていってちょうだいね」
そう言って「じゃあこっち」と先導しようとしてくれるラーナ様。私はワンテンポ遅れて「ありがとうございます」とお礼を言ってから旦那様を見上げてから、後についていく。
――何回やっても、なかなか『らぶらぶ奥さん』業は上手く行かないなぁ。
難しい。今までで一番難しいお仕事。
それでも私は諦めないぞ!
すべては幸せぐーたら生活のために‼
こっそり意気込んでいたら、旦那様が耳打ちしてくる。
「……ノイシャ。素が出てるぞ。こぶしは下ろせ」
「あっ、すみません」
三分以上の今日の長丁場は、ちょっと大変そうだ。
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