第25話 林檎の飾り切り付きプリンアラモード(リュナン視点)

 ♦ ♦ ♦


「――というわけで、これが土産だそうだ」


 ノイシャのささやかすぎる願いは、無事聞き届けられた。というか、その願いを聞いていた他の町人らが感涙し、こぞって無事な商品を運んできたのだが。


 その中で、ノイシャが選んだのは真っ赤な林檎だった。もっとハンカチーフだとかカフスだとか高級な貴金属もあったんだが……よりにもよって、彼女が選んだのは食べ物。しかも林檎。


 本当にそれでよいのかと尋ねれば、彼女が小さく笑っていた。


『消え物の方が、気軽に受け取ってもらえますから』


「なんて健気なあああああああああ」


 深夜遅くに戻ったセバスにリボンのかかった林檎を渡せば、案の定セバスは男泣きし始めた。彼女に『渡しておいてください』と頼まれたから、その通りにしたのだが……やっぱり強く言って、本人から渡してやった方が良かったのか? それとも、こんな姿を彼女に見られたくはないだろうから、これで良かったのだろうか。


 ちなみにヤマグチは、彼女から林檎を受け取った早々飾り切りを始めた。

 ノイシャ分の夕食のデザートに飾られた立派すぎるウサギがそれだったのだろう。ノイシャは目をキラキラさせながら「こんなの初めてです!」と飾り切りの乗ったプリンアラモードを頬張っていたが……その姿をセバスに見せたら、こいつは魂が抜けていたんじゃなかろうか。そんな気がしてならない。


 ともかく今、我が家はとっても平和なのだろう。

 俺がひょんな強がりから聖女を身請けしてきてしまったが――彼女がこうして我が家に打ち解け、こんなにも大切にされている。彼女自身も、我が家を気に入っているのだろう。俺のことも……もっと軽蔑される覚悟はしていたつもりだが、それ相応に懐いてもらっている。そんな気がする。


 だけど……そんな平穏を、俺はいつまで守れるのだろうか。

 俺は先にセバスから提出された書類に目を下ろしながら尋ねた。


「それで、結果は?」


 すると、セバスも表情を引き締める。


「旦那様の憶測通り、近年の教会はとても金銭的に潤っているようです。もちろん上下水道に関する褒賞金や管理費用によるもの……とも言えなくはないですが、少々潤い方が尋常じゃないですな。別の収入源があったと見て間違いないです」


 予想通りだな。だから俺は視線も上げない。


「なるほど。そして例の盗難事件の方は?」

「盗まれたものは旦那様もご存知の通り、まだ見つかっておりませんが――その中の『本』の内容は件の露天商に聞いて参りました。露天商は『古文書の写本』としか知らなかったようです。丁寧に書かれていたことからそれなりの値段で買い取ったと言ってましたが……まさか禁書指定されているものとは知らなかったようですな。同じような事件がここ半年で三件ありました」


 本当にクズすぎて、思わず鼻で笑ってしまう。

 おそらく……いや、十中八九、司教はノイシャに書かせていた複写本を売って金にしていたわけだ。だけど、それを闇雲に繰り返すだけでは市場に写本が出回りすぎてしまい、希少性も、そして法を犯している旨も広まってしまう。そこで、盗賊を雇って写本を回収。そしてまた同じ写本を売るということで、金のサイクルを生み出していたのだろう。


 残念ながら、いくら騎士が定期的に見回りしようとも裏路地の露天商、さらに王都から離れた場所になればなるほど目が行き届かなくなる。狡賢いクズの所業だな。


「ご苦労。これで司教が黒だと確定したな。早急に書類を纏めろ。できるだけノイシャのことは伏せるように。写本の回収はできそうか?」

「盗賊の根城の特定まではできました。ご要望であれば、今からでも行って参りますが?」

「いや、それこそおまえに過労死される方が困る。今度ラーナの家に行く時があるだろ。その時にでもコレットと行ってきてくれ。ヤマグチも必要なら――」

「いえ、コレットと二人で大丈夫です。そちらにも御者役が必要でしょう?」


 それに「無理するなよ」と応じながら、俺は手元の書類を捲る。

 これは以前にも読んだノイシャの聖女時代のスケジュールだ。

 セバスは先の調査と一緒に、こちらの案件の調査書の追加も提出してきた。


「俺も人のことは言えんが……今お前が倒れたらノイシャが悲しむぞ。せいぜい元気なジジイ代わりでいてやれ」

「おや、私は父親代わりのつもりだったのですが」

「可愛がり方が孫のそれ、そのものだと思うぞ?」


 そんな軽口を言いながら追加分に目を通し……俺は思わず驚愕した。


「彼女が正式な聖女に登録されたのが、八歳⁉ 早くないか?」

「元から聖女としての才能には恵まれていたようですな。修道院に引き取られたのは三歳の時。その時にはもうマナの才覚が開花していたとのこと。それより前の経歴は不明です。もう少し調査に時間を頂戴したく存じます」


 ――本当に天才だな。


 生まれつき天賦の才を持った少女の出生。気にならないといえば嘘になるが、三歳以前となればノイシャ自身も記憶にないことだろう。セバスはそれこそ俺なんかよりとても有能な男だ。その点に関しては任せるほかない。


「ご苦労。それで、今日追加で依頼した分は?」

「ひとまず今日のことが教会にバレることはないかと。遅れて派遣されてきた聖女のひとりを買収しました。喜んで、彼女の成果として報告すると……まったく。その後の苦労も考えず、笑いを堪えるのが大変でしたよ」


 その黒い笑みに、俺は口角をあげる。


「その顔はノイシャに見せるなよ。嫌われても知らんぞ」

「おや、失敬」


 そして軽く咳払いをした有能な執事は、少しだけ表情を落とした。


「ただ……やはり人の口に戸は立てられぬものですから。いつ、どのように司教が噂を聞きつけるか。残念ながら、件の聖女とノイシャ様は同じくらいの年齢とはいえ、とても似つかぬ見目でしたからな」


 ――言われなくとも。


 わかっている。だけどわかっていることほど、言われたくないものだ。

 俺は頬杖をついて、そんな不安を零す。


「やはり、ノイシャを連れ戻しに来るだろうか」

「おそらくは。すでに下水道の件だけでなく、教会の運営のあちこちに綻びが出ているようです」

「そうか……」


 ノイシャが抜けた分の穴埋めをしてくれる人材がいないことが如実だ。天才の彼女が過重労働していて埋めていた穴は、それだけ大きかったということ。ならば瓦解を防ぐために、再びノイシャを引き戻そうとする――プライドがないやつほど、簡単にそう結論付けるはずだ。


 そんな教会に戻るくらいなら……。


「その前に王族に引き渡した方がノイシャのためになるのだろうな……」


 教会も国を保持する組織の一つである以上、公爵家とて悪事の証拠もなく強硬を強いれる相手ではない。むしろ『民草の生活のため』と言われれば、かえって無理ができないというもの。


 だけど、保護する相手が『国』そのものであれば。いくら教会とて、大きく出られるものではない。


 ――だったら、俺がとるべき選択は……。


「だいぶ、名前で呼ぶことに抵抗が少なくなったんですね」


 嘆息する寸前にそのようなことを言われ、思わず喉から変な音を鳴らしてしまう。それを誤魔化しながら、俺は軽口を吐いた。


「一番最初に名前で呼んだのは、実は俺なんだがな」


 ふと零れた、彼女への呼称。

 ただ、彼女があまりにもビックリした顔をしたから。慌てて、せめてと敬称を付けて。それからはなんだか、名前で呼ぶのが恥ずかしくなって。


 だけど今日、彼女から初めて名前を呼んでもらった。


 ――リュナン様、か。


 ずっと保留にしていた、呼ばれ方。

 あの時の彼女の気持ちが少しわかった。たしかにいきなり名前を呼ばれるとビックリする。その鼓動の速さは、まるで恋した時と同じように。


 だからこそ。俺の軽口はまるで自慢しているように聞こえてしまっただろうか。

 そうセバスを窺い見るも、彼は少し眉根を寄せて微笑んでいた。


「私もコレットも、最終的には旦那様のご判断に従いますが――くれぐれも後悔する選択だけはなされませぬよう」

「有難いようで、手厳しい気遣いをどうも」

「嫌味じゃございませんよ。ただ、貴方様がどのような無謀な決断をなされても、我々は貴方に従順な手駒だということです」


 ――あのコレットが?


 そんな嫌味を、返す気にならなかった。

 セバスの言葉が嬉しいのと同時に、とても重かったから。


「そりゃ頼もしい」


 決断の時は、きっとそう遠くない。

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