第22話 お買い物デートという仕事

 でも、今までの情報を整理すると。

 今日のお仕事は『お買い物デート』ということになるらしい。


 ――しかも、ぐーたらモードで?


 旦那様から与えられた仕事の中で、一番難しい仕事である。


 ――頑張らないと!


「何を気合いれているんだ?」

「今日のお仕事です!」


 なんだか旦那様が難しいお顔をしているけど、とりあえず目的地の近くには着いている様子。コレットさんが馬車を預り所に預けている間、どうやら私たちは道行く人の視線を集めているみたいだ。


「桃色公爵だ……」

「じゃあ、あの隣にいるのが噂の買われたっていう?」

「ずいぶんと……小さいねぇ」


 ――やっぱり小さいんだ、私。


 身長のことくらい、自分でわかっていたことだけど。

 大きな旦那様の隣に立つと、余計に自分の貧弱さが気になる。やっぱり旦那様の『らぶらぶ奥さん』に自分は似つかわしくないのだろう。私のせいで、旦那様に悪評がついたら……。


 思わず視線を落としていると、なぜか旦那様が謝罪してきた。


「すまない。俺のせいで嫌な思いをさせる」

「えっ?」


 ――私のせい、ではなくて?


 意味が分からず顔を上げれば、旦那様が自身の短髪を弄んでいた。


「桃色公爵というあだ名は、その響き通り、軟派な見た目から来ているんだ」

「その髪色、かわいいですよね?」

「男には喜ばしくない賛辞だ」


 そう苦笑した旦那様はため息交じりに語る。


「だから……こうして外に出た時、これからも嫌な思いをさせるかもしれん。噂が独り歩きして、女遊びが激しいみたいな話もあるようだからな」

「じゃあ……私もそう思われるのでしょうか?」


 素朴な疑問に、旦那様はなぜか目を丸くされるけど。なぜ驚かれるのかがわからず、私はそのまま言葉を続けた。


「だって、今は真っ白になっちゃいましたけど。元は旦那様の髪色と似てたんですよ」


 唯一残っているあんず色の一房を手に取る。自分の中で唯一気に入ってた、可愛らしい部分。それも、たったこれだけになってしまったけれど。


「私、可愛いもの好きです。だから、旦那様の髪色も好きです」

「あぁ……俺もなんだか、この色が好きになれそうな気がするよ」


 小さく笑った旦那様は「それじゃあ、可愛い服を見つけないとな」と言いながら、私の色の付いた髪を少しだけ掬って。そして何気ない顔ですぐそばのお店に目をやった。


「この服飾店ブティックが十代後半の女性に人気らしい」

「旦那様はお詳しいですね?」

「……コレットの受け売りだ」


 顔を逸らした旦那様はそう言うけれど、突如コレットさんは「城のメイドに聞いてきたらしいですよ~」と耳打ちしてくる。どうやら馬車を預け終えたらしい。


 でもそうか、旦那様はお城のメイドさんらとも仲良しなんですね


「なんだ?」


 ふと旦那様を見上げれば、桃色の短髪からヒョコッと覗いている耳の先っぽが赤い。


「いえ――なにも」


 でもとりあえず、お仕事をしなくては。

 私が先に言われた通り、旦那様の大きな手に触れると、


「どひゃっ」


 奇声をあげた旦那様に、手を振り払われてしまった。なぜ?

 再び旦那様を見上げると、旦那様は顔まで真っ赤にしていた。

 そして「いや」とか「その」とかモゴモゴした後、「すまなかった」と今一度手を差し出してくる。その手に、私が触れようとした時だった。


 コレットさんがずいっと顔を寄せてくる。


「あのですね……先ほどから大変微笑ましいのですが。さすがにお店の前だと迷惑だと思います」


 すると、通りすがりの人やお店に出入りしようとする人々に、コレットさんが「すみません、新婚なものでして」とペコペコ謝罪し始めてしまう。わわ、大変。私そんな大変な失敗してしまったんですね⁉


 慌てて一緒に謝罪しようとすると、


「いいから」


 と旦那様に手を掴まれて、そのまま入店。大きな手に、私の手がすっぽり。

 あたたかいな~なんて思っていると、セバスさんみたいな恰好をした人たちが「いらっしゃいませ」と声をかけてきてくれる。おどおどする私と違って、旦那様は堂々としていた。


「友人の家に行くために、彼女に似合う服を見繕ってくれ」


 それから今度は、私に向かって言う。


「その中から、好きなものを選んでいい。いくつでも構わん」


 ――やっぱり私が選ぶのか……。


 これは大変だ! 一瞬お店の人が選んでくれるのかと期待していたのに……。

 お洋服の目利きなんて、さっぱりわからない。


 だけど店員さんは、すぐさま「こちらは~?」「あちらは~?」とたくさんのドレスを出してきてくれる。ピンクの。水色の。若草色の。あれこれ目移りしていると、頭上から咳払いが聞こえた。当然、旦那様だ。


「あのな、ノイシャ」

「はい、ノイシャです」

「手を繋いだままだと、選びにくくないだろうか?」


 そうですね。お店に入った時から手を繋ぎっぱなし。

 だけど、それをご指示したのは旦那様です。


「今はデートなので」


 デートとは手を繋ぐものなんですよね? と小首を傾げたら、旦那様はますます咳込んでしまった。ちょうどその時、遅れて入ってきたコレットさんがいつになくおかしそうな顔で笑う。


「旦那様、かわいい~」

「おまえはもう少し主人を敬う態度を見せろ。人前だけでいいから!」


 そんなこんなで、結局三着のワンピースを買っていただいた。

 白いのと。ピンクのと。クリーム色の。

 こないだ食べたアイスの色を選んだと話したら、旦那様に笑われてしまった。


「思ってたより食いしん坊だな!」


 だって自分で洋服を選ぶの、初めてだったから。

 幸せな思い出の色を込めたいと思うのは、おかしいことなのかな?



 

 そのあと、お昼ご飯を食べに行った。

 お店でご飯食べるのも、当然初めて。この飲食店はビストロという種類のお店らしく、平民の人がたくさん利用するお店とのこと。だから、マナーとかはあまり気にしなくていいんだって。


「以前から不思議に思っていたのだが……きみは――」

「コホンッ!」

「ノイシャは食べ方が綺麗だよな?」


 なぜか隣に座るコレットさんが、途中で咳払いをしたけれど。

 私は短いパスタを口に入れて、モグモグ飲み込んでから口を開く。


「見習いの時に身に付けさせられました」

「聖女でも会食するような機会があったのか?」

「いえ。食べ方が汚いと、身請け時に値段が下げられる恐れがあるからと」

「……」


 どうしてだろう。聞かれた質問に正確に答えたのに、旦那様もコレットさんも閉口してしまった。ちなみに、今は四角いテーブルで旦那様と向き合って座っている。隣にコレットさん。今日は三人だけだからと、メイドのコレットさんも一緒にお食事。今までもこうして外食するときは、セバスさんも一緒にご飯食べていたんだって。いいなぁ、私もセバスさんと一緒にご飯食べてみたい。そう話したら、コレットさんは『父さんのゆるむ顔、絶対見ものですね!』とお腹を抱えていたけれど。


 ちなみに、セバスさんとヤマグチさんは今日はお留守番。セバスさんは別件の仕事があるらしく、ヤマグチさんはいつも外についてくることはないらしい。せっかくだったら、みんなでお外ご飯食べたなかったな。お留守番のひとに……何か私が出来ることは……。


 それはそうと――旦那様が赤いロングパスタを食べた。私はすぐさまナプキンを構えるけれど……あぁ、旦那様が自分でお口を拭いてしまわれる。これはもう五回目の失敗。


 なかなか難しいとしょんぼりしていると、旦那様が目を丸くする。


「き……いや、ノイシャはさっきから何をしているんだ?」

「なかなか任務達成ができずに申し訳ございません。次こそは。なので鞭で打たないで――」

「打たんっ!」


 私が食器を置いて頭を下げると、旦那様は大きな声を出してからキョロキョロ。なんか他のお客さんの視線が集まっていたみたいだけど……旦那様とコレットさんが見目麗しいからかな?


 対して、コレットさんは旦那様に半眼を向けているみたい。


「旦那様~? ノイシャ様に何を命じられたんですか~?」

「別に何も命じてなど……もしや、馬車の中での話を鵜呑みに――」


 と、その時だった。お店の扉から飛び込んでくるお客さんがひとり。カランとベルが鳴ったのとほぼ同時に、そのひとは叫んだ。


「下水道の氾濫だ! すぐに逃げろ‼」

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