第21話 旦那様の休暇時の仕事
♦ ♦ ♦
――さぁ、朝ごはんを食べたら、今日も三分働くぞ!
「今日は俺は休みだ」
その決意は、あっという間に無駄になったようだ。
このお屋敷にお世話になるようになって、三週間目。
初めて旦那様が、一日中お屋敷にいるらしい。
「なんだ、その目は……俺がいない方がいいか?」
「そ、そういうわけでは……」
正直言って、拍子抜け。それと同時に……お休みするなんて、旦那様はけっこう
「普通は、週に一度は休日というのがあるんだ」
「でも、旦那様はこの三週間――」
「少々雑務が溜まってしまっていてな。というか、毎晩屋敷に戻るようにしていたら、仕事の配分がわからなくなってしまったというか……」
「つまり旦那様は、お仕事をサボる悪いひとではないと?」
「やっぱり、まともな休日という概念がなかったか……」
なぜか項垂れる旦那様のそばに、コレットさんが顔を寄せた。
「旦那様はぁ、生真面目かつ要領悪いから~。お仕事がねぇ、できないんですよ~」
「コ、コレット⁉」
「今までは泊まり込みで働いてくるのが常でしたからね。ゆっくりベッドで睡眠がとれる分、これでもまともな生活になった方なのではないでしょうか」
「セバスまで……‼」
お二人の言葉に、旦那様は何かを堪えるように奥歯を噛み締めてから……ハッと私に前のめりで訴えてくる。
「いいか、俺が無能というわけではないからな? ただまわりがこぞって俺に仕事を押し付けてくるから、国政に支障がでないよう誰かが踏ん張るしかなくてだな――」
「旦那様~。過剰な仕事を断るってのもねぇ、能力のひとつなんですよ~?」
「ぐぬぬっ」
「この生真面目ゆえのお人好しゆえに、いつか『あなたの子供なの、責任取って‼』と身に覚えのない責任をとってきてしまうのではないかと、この老いぼれは冷や冷やしておりましたが……まあ、その心配は杞憂で済んで何よりでございます」
「こんのっ、よりにもよって彼女の前で……」
『彼女?』
途端、セバスさんとコレットさんが同時に疑問符を投げかけていた。やっぱりお二人はとても仲良し。その一方、まるで旦那様はいじめられているみたい。そんな旦那様がちょっとだけ羨ましい……と思うのは、失礼なのかな?
「……
それでも……どうでも良くなっちゃった。
『奥さん』してない時に「ノイシャ」と呼ばれると、少しビックリで、少し恥ずかしいから。
「まぁ、そういうわけで今日は休みなんだ。だからきみ……ノイシャを買い物に連れていきたいんだが、どうだろうか?」
「……お買い物?」
だから思わず反応が遅れてしまうけど……お買い物?
お買い物はこの間したばかりだ。屋敷にデザイナーの人を呼んで『ジャージ』を製作中。来月くらいには試作品ができるとのこと。だから毎日わくわくしているんだけど……。
旦那様は、それだけだとダメだと言う。
「あぁ、こないだのデザイナーに一緒に頼むかと思いきや、本当に『ジャージ』しか頼まなかったんだろう? 来週ラーナの家に行く服でも欲しいかと思ってな」
――今のお洋服じゃダメなの?
今着ているお日様色のドレスも、コレットさんが選んでくれたもの。ほとんど毎日違うものを着せてくれるんだけど、毎日本当にお人形さんみたいにしてくれて。毎朝こんな格好でラーナ様にご挨拶しているんだから、別に失礼ってことはないと思うんだけど。
戸惑う私に、コレットさんが笑顔を向けてくれた。
「お店にある服から自分で選ぶのも、なかなか楽しいものですよ?」
だけど今回限りは……助け舟じゃないらしい。
「それは……今日のお仕事でしょうか?」
お買い物。そんなお仕事は経験がない。しかもお貴族様の訪問着。ずっと教会から支給される正装と修練着以外に着たことなかった私に、何をどう選べと……。
「……あぁ、それが今日の仕事だ。ただ三分は間違いなく超えるから、ボーナス発生だな。そのボーナス分で何でも好きな物を買ってやる――というのはどうだろう?」
「なるほど?」
――だけど、お仕事というのなら。
経験がないからと言って断れる甘い仕事など、今まで一度もなかった。
日々の幸せぐーたら生活のため‼
これは必要な苦難なのだろう。……ボーナスもくれるというしね。
「畏まりました。謹んでお買い物のお仕事、務めさせていただきます」
私がぺこりと頭を下げると、三人は少しだけ複雑そうな顔をしていた。
そして、簡単に身支度をしてもらって。
「それじゃあ、わたしが御者を務めますので! お二人は中でのんびりしていてくださいね!」
馬車は毎日見てはいたけど、こうして乗るのは人生二度目である。
一度目は当然、この屋敷に来た時だ。
コレットさんがお馬さんの元へ向かう直前、私に耳打ちしてくる。
「今日のお仕事のことは『お買い物』じゃなくて『デート』っていうんですよ?」
そして、馬車の中では旦那様と二人っきり。
身体の大きな旦那様が、馬車の中だとやたら大きく見える。桃色の髪がいつもよりゆるっとしていて、だけど青い眼差しはせわしなくキョロキョロしている。
そんな旦那様に、私は心のなかで「せーの」と勢いづけてから話しかけた。
「あ、あの!」
「なんだ? そんな畏まらなくていいぞ。今日は終始『ぐーたらモード』で構わん。きみにとっては長期戦だろうからな」
ぐーたらモードでお仕事って、それはそれで難しいけれど。
私は馬車にがたがた揺られながら気分を『ぐーたら』にしつつ、小首を傾げる。
「『デート』って、なんですか?」
「デ……っ⁉」
私はただ、コレットさんから修正指示を受けた業務内容の確認をしているだけ。
だけど、向かいに座る旦那様は、なぜか顔を赤く染めた。
「男女が仲良くこう……出掛けることを言うんじゃないのか?」
「なるほど? 仲良くというのは、具体的にどのような行為のことを言うのでしょうか?」
「行為ってなぁ……?」
仲良くって言われても、誰かと仲良くしたことがないもの。
それを尋ねると、旦那様は渋い顔をしながら教えてくれる。
「こう……手を繋いでみたり」
「男女で手を繋ぐ」
「食事中に口元が汚れていたら、それを拭ってあげたり」
「口回りを綺麗にしてあげる」
「一日の終わりには、キスをしてみたり?」
「キスとはなんでしょう?」
「せ、接吻とでもいうのか? 互いの唇同士を合わせる――」
「あぁ、交わりを開始する合図のことですね」
「なんでそんな知識だけあるんだ⁉」
それはもちろん、司教様から教わったから。
正確に言えば、二十歳になったら
そんなこと話していると、馬車が動きを止める。窓の外を覗いてみれば、見覚えのある王都の栄えた通り道だった。コレットさんが外から扉を開けてくれる。
「さぁ、着きました――旦那様、なんでそんなに顔が赤いんです~?」
その問いかけに、旦那様は馬車を下りながらコレットさんを睨みつけていた。
「……おそらく十中八九、おまえのせいだ」
「た、たしかにコレットちゃんは可愛いですが……申し訳ございません。コレットちゃんは旦那様に恋心の欠片も抱いたことありませんので……」
「俺もだよっ!」
お話の流れがよくわからないけれど、とりあえず旦那様とコレットさんが今日も楽しそうなので、私も「ふひひ」と笑っておく。
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