第20話 他人の仕事はしたくない(リュナン編)

 ♦ ♦ ♦


「頼む! この書類を手伝ってくれ‼」

「手伝えって……俺は財務担当じゃないんだが?」


 久々にバルサが俺の執務室にやってきたかと思えば、大量の書類と共に頭を下げてきた。

 俺はこれでも騎士団所属だ。副団長という中途半端な立場ゆえ、今晩もずっと書類仕事をしていたのだが……ようやく終わりが見えてきたというのに、他部署の仕事を手伝えだと?


「でも今やっているの、総務部の書類じゃない? なんでリュナンがやってるの?」

「団長が引き受けてきちまったんだよ。どうせ自分でやるわけじゃないのに……」

「だったら、こっちのもついでに――」

「俺は明日久しぶりの休日なんだ! 今日のうちに帰って、三週間ぶりの休みを満喫したい!」


 そして週に二日はきっちりと休んでいる団長は、今日も当然定時で帰宅している。今日は奥さんと初めて手を繋いだ記念日なんだそうだ。余談だが、こないだ五人目のお子さんが生まれたらしい。


 ちなみにもう屋敷では彼女が晩飯を終えて、風呂にでも入っている頃だ。

 毎朝無駄に「ノイシャ様の今晩の入浴剤は何がいいですか?」と訊いてくるコレットが鬱陶しい。……と、そんな愚痴はともかく。


 俺はため息を吐く。


「まったく、俺が過労死したらどう責任を取ってくれるんだ?」

「そんな意地悪言わないでくれよ~。僕ももう三日家に帰れてないんだよ~。リュナンは僕なんかより、ずっと体力あるだろう?」

「そりゃあな……」


 ずっと顔の前で両手を合わせて拝んでくる幼馴染。彼はすでに青白い顔をしており、目の下には深いくまが刻まれている。


 そんな幼馴染に懇願されて揺れ動かないほど、残念ながら薄情ではない。だから薄目で、バルサがえっちらおっちら運んできた書類を捲るが……俺は思いっきり眉根を寄せるはめになった。


「てか、なんだこの援助項目は。全部教会からじゃないか」

「そうなんだよ。最近教会からの援助の申し入れがすんごく増えてさ~。しかも、全部公共事業絡みだから、ほっとくわけにもいかないだろう? だから急遽予算を分けているんだけど、どんどん増えていくばかりでさ~」


 そんな愚痴を聞きながら、詳細を見てみる。バルサの言うことは本当に過剰でもなんでもないらしく、全て上下水道の整備についてだった。


 ここ五年、この国の水回り環境が格段に向上していた。教会のとある聖女が汚水の処理設備や浄化した水の供給設備の開発に成功したのだ。その聖女と国の技術者たちが王都周辺の大改革を行った結果、王都周りは貴族のみならず、民家でも水道を捻ればきれいな水が飲め、風呂にも毎日入れるような生活になったのだ。

 当然、国から教会への報奨金は多額に支払われた。そしてその供給、整備も教会に一任され、定期的に国から教会へ、元の聖女運営資金とは別に、公共事業援助金が支払われるようになったという。

 しかしどうやら、最近はその修繕整備が滞っているため、より多くの聖女や技術者を派遣するために援助金の要請が多発しているらしい。


「不正だろ、こんなの」


 俺は一言で吐き捨てるが、バルサは残念そうに肩を竦めた。


「それがさ~、そうでもないんだよ」


 もちろん、こんないきなりの援助要請など一番に疑って調べたんだそうだ。だけど、財務担当総員で調査に当たっても、おかしい点はゼロ。実際に援助を断った翌日に、一部地区の下水道が氾濫したとして、余計被害を抑えるための人件費等がかかったらしい。


「いつからなんだ?」

「少しずつ増えていってるんだけど……だいたい一か月くらい前から――リュナンが結婚した時くらいだよ」


 その発言に、痛いくらいに鼓動が大きく打つ。

 だけど俺の推察など知らず、バルサは言葉を続けた。


「家に帰ったらさぁ、ノイシャさんにも聞いてみてもらえないかなぁ? 教会で最近変わったことなかったかって。こう……聖女ボイコットがあったとか、有能な聖女がやめちゃったとか」

「有能な聖女って……」


 ――ノイシャ、か?


 上下水道を開発した聖女が、彼女だとしたら。教会の事業が滞り始めた理由も納得がいく。彼女の力がどんどん弱まったことにより、整備などにも影響が出て、そして身売りされたことにより、彼女と同レベルに管理できる者がいなくなったということだろう。


 禁じられた奇跡を扱える聖女なら、生活レベルを格段に上げた大開発をしたって、そうおかしな話ではない……と思う。


 ――だけど、ノイシャひとりでそんな……。

 ――それに開発された当時、彼女はまだ十三歳だったはずだ。


 貴族だったら、まだ社交界デビューもしない時期。そんな子供が、世紀の大開発をしたというのか? そして、その整備をずっとひとりで背負っていたのか?


 ひとりで請け負っていたのなら、あの過労度も納得だ。不眠不休で働き通しでもおかしくない。そのため『働く』という行為に拒絶反応が出ても仕方ないだろう。


 そんな可能性に思い至ってしまった俺は、確かめずにはいられない。


「……悪いが、自分の仕事が終わったら帰らせてもらうよ」

「そんな~⁉」

「その代わり、彼女に教会のこと聞いてきてやる」


 俺は今請け負ってしまっていた書類を早急に片すべく、再びペンをとると。

 バルサは落ち着いた声音で告げてきた。


「僕から聞いておいてアレだけど、無理しなくていいからね」

「どういうことだ?」

「リュナンは新婚だし……少し特殊な結婚したんだから。奥さんの悲しい思い出を抉るような真似、しなくていいから」

「おまえは俺を何だと思ってるんだ……」


 思わず、俺は再び顔を上げる。バルサの表情は真剣そのものだった。


「でも、リュナン口下手じゃん。正直、まだそんなにノイシャさんと仲良くなれてないでしょ? 距離感は大事だよ。今はノイシャさんと仲良くなることを優先した方がいい」


 ――おまえにだけは言われたくなかったよ。


 自分がずっと焦がれていた相手ラーナと結婚したおまえにだけは。

 そんな醜い感情を、俺は軽口と共に吐き捨てる。


「おまえは国政と俺の家庭、どっちが大事なんだ?」

「ん~。正直リュナンんち、かな?」


 その優しさが、とても苦しい。

 それでも……今も昔も、俺はおまえと友達なんだ。


「負い目なんか感じてるなよ。俺は単純に、おまえに負けただけなんだから」

「違うでしょ。リュナンは始めから、勝負の土俵に上がろうとしなかったんだよ」

「なっ⁉」


 いつになく厳しい指摘に言葉を詰まらせれば、バルサが目を細める。


「じゃあ、恋愛勝者からアドバイス」


 だけどやっぱり、その助言は俺にとって手厳しいものだった。


「聞き取りしてくれるなら、せめてデートでもしながら何気な~く聞いてきて。それで答えづらそうにしてたり、はぐらかされたなら深追いしないこと。真面目なだけが、女の子のためになるわけじゃないんだから」


 そしてバルサは持ってきた書類を再び抱えて、部屋から出ていく。


 俺は扉がしまってから気が付いた。

 俺が今処理していた総務部の書類も、バルサが持って行ってくれたことに。

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