第19話 やっほいを作ろう!

「まず、ミルクと生クリームを混ぜます」


 ――喋った⁉


 ヤマグチさんが普通に話し出したことに、思わず目を見開いてしまう。

 すると、ヤマグチさんがペコリと頭を下げてきた。


「すんません。コレットさんの前だと……上手く話せなくて」


 ――どうしてだろう?

 コレットさんはとてもいい人。すごく気さくで、誰とだって仲良くなれそうなのに……でもマチルダさんらは例外だったな。


 だから、思わず訊いてしまう。


「コレットさんのこと、嫌いですか?」

「まさか⁉」


 わっ、大きな声……。

 肩を竦めると、再びヤマグチさんがペコリと頭を下げてきた。そして、「あの……あの……」と目をキョロキョロさせながら、「砂糖を入れます」とお砂糖の計量を始める。アイス作りに戻るみたい。


 サラサラ~。ピタ。出したお砂糖を戻すことなく、ピッタリと区切りの良い数字に合わせたヤマグチさんは、それをミルクなどが入ったボウルの中に入れた。そして少し悩んでから、私に訊いてくる。


「奥様、お腹の調子はどうですか?」

「あ、ふつうです」

「なら、今度は卵を入れてみましょう」


 そして保存庫から卵を取り出して、片手でトントン。そのまま片手でパカッ。


 すごい、カッコいい!

 思わず見入っていると、ヤマグチさんが私を見て一瞬手を止めた。なんだろう? 顔を見上げると、顔を逸らされてしまう。だけどすぐに「混ぜます」とシャカシャカ泡だて器で混ぜだした。そして、すぐに次の工程に入る。


「こっちのボウルの氷に、塩をかけます」


 氷はミルクのボウルより、二回りくらい大きなボウルに入っている。

 そこに、どばーーっと。

 お砂糖と打って変わって、本当にどばー。


 そ、そんなにかけたら、しょっぱくなっちゃう⁉ と一人であわあわしていると、ヤマグチさんは淡々と「それで、こっちのボウルを重ねて冷やします」とミルクなどが入ったボウルを中に入れる。あ、アイスの素と混ぜないんだ?


 そして、


「あとは混ぜるだけです」


 とシャカシャカ混ぜだした。大きな手なのに、その動きはとてもなめらか。だけどとっても速い。シャカシャカ。シャカシャカ。シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ……。


「あ、またアイス作ってくれてるんですか?」


 いつしか、コレットさんが戻ってきた。びしょ濡れだっただろうに、服は乾いたものを着ている。着替えてきたのだろう。


「……うす」


 それでも、ヤマグチさんはまだまだシャカシャカしていた。たまに氷と塩をまわりに足しながら、シャカシャカシャカ。あとどのくらいの時間シャカシャカするんだろう……? ボウルの中を覗き込めば、ミルクがトロッとし始めた。


 思わず訊いてみる。


「どのくらいでアイスになるんですか?」

「あと十分くらい……」

「そんなに⁉」


 コレットさんをチラッと見てから、小さな声で教えてくれる。


「混ぜて作る方が、くちどけがいいので」


 わっ、わっ、そんなに大変な作業を私は頼んじゃったの⁉

 大変だ! 計三十分くらい? シャカシャカは大変だ‼


「混ぜて冷やせばいいんですよね⁉」


 私は慌ててまわりを見渡す。さっき卵を取り出していた保存庫。ちょっと覗かせてもらったら、少しひんやりした空気が流れていた。窓がないから、外からの光が入ってこないのかな? ずっと日陰だから涼しいみたい。だったら、ここを――


 私は大きめの式を二つ描く。ひとつは冷気を生み出す式。もう一つは倉庫内をぐるりと回る風を生む式。手早く準備してから、私は元の場所に戻る。そしてヤマグチさんがシャカシャカ続けているボウルを持った。


「ちょっと運びます」

「あ、おれが……」


 結局ヤマグチさんが運んでくれた。

 倉庫の真ん中に置いてもらうと、倉庫内が冷気でひんやり。しかも渦の真ん中だから、アイスの素もボウルの中でグルグル。


「あ、この倉庫内に冷えちゃいけないもの、ありますか?」

「短時間なら問題ないです。長時間なら結構あります」

「わかりました。では、今後はもっと狭い場所で保冷庫作りましょう。そうしたら、いつでもラクにアイスを――」


 ――食べられます。


 と、脳内でぐーたらにアイスが追加された超幸せぐーたらを想像し始めた時だった。


「ノ・イ・シャ・様♡」


 イントネーションが、なぜか怖い。

 私が顔をひきつらせると、コレットさんの笑みがますます深まる。


「奇跡、また使ったんですか?」

「あ、でも私……元気ですよ……?」

「また旦那様に『ど阿呆』言われたいので?」

「で、でも、コレットさんもアイス……好きですよね?」

「そりゃあ大好きですが?」

「私、もっとコレットさんと……アイス食べたい……」


 もじもじと。そう告げると。

 コレットさんが私をぎゅーっと抱きしめてくる。わわ、少し甘くて、いい匂い。


「も~しょうがないなぁ。疲れたらちゃんと言うんですよ?」

「……うす」


 なんだか居たたまれなくて、ヤマグチさんの真似をして答えてみた。真似したい気分になったの。ヤマグチさんも、いつもこんな気分なのかな?


 そうしたら、コレットさんに「それは真似しちゃだめ!」と怒られた。だけどそのあと、ヤマグチさんも入れた三人で、アイス専用の保冷庫開発で保存庫内に留まっていたら――


「とっくに夜中だが、おまえたちは何をしているんだ⁉」


 帰宅した旦那様に、三人纏めて「ど阿呆」と怒られた。

 だけどやっぱり怖くなかったし、ヤマグチさんが慌てて作ってくれた夕ご飯のチャーハンって異国のパラパラ卵ごはんが、とても美味しかったから。

 

 今日も、とても幸せな一日だったの。

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