第18話 やっほいを食べよう!

「この糸で……ですか?」

「はいっ! 自信作なのですが、どう……ですか?」


 どうやら旦那様やコレットさんたちと毎日少しずつ会議を進めた結果、求めている糸はやはり手配に色々問題があるようなので。


 ぐーたら時間に自作してみました! メインはコットン。それにさらに油脂で細かい繊維を奇跡で生成して、手でコネコネしていたら――糸紡ぎ機、というのがあるんだね。コレットさんに教わりながらくるくるするの、難しかったけど楽しかったの。やっほい!


 ある程度紡げたら、あとは簡単。複製の式でちょいちょいちょいっと。

 さすがに気合を入れすぎて、意識のないまま夜になっていた。帰宅した旦那様にまたまた「ど阿呆」と怒られたけど……それでも鞭打ちされなかったから問題なし。そのあとのお夕飯はお肉と穀物の入った具沢山の赤いスープ。異国の料理だったらしいけど、すっごく元気の出る味でおいしかった!


 そんな翌日。旦那様が呼んでくれたデザイナーさんとやらに、お手製の糸を見せたら。デザイナーさんは糸を伸ばしたりしながら、目をまん丸にしていた。


「……面白いですね。ぜひとも私どもにお任せください! だけど……肝心の服のデザインの型は、本当に紳士用のパジャマで宜しいんですか?」

「はい、それがいちばん『ぐーたら』しやすいだろう、とのことなので」


 私が注文しやすいように、あらかじめ旦那様が話を通しておいてくれたらしい。

 旦那様いわく、『ぐーたら』するにはズボンスタイルが一番なんだって。あのラーナ様も、勤務時間外ではズボンなことを生かして、とても『ぐーたら』しているみたい。


 ラーナ様がぐーたらの先輩……。

 ますます、ラーナ様のご自宅に行くのが楽しみになってきた! やっほい!


 帰るデザイナーさんの背中を見送ってから。私はソファの背もたれに背中を預けた。


「ふう」

「お疲れですか? ノイシャ様」

「ふひひ、少しだけ……でもやっほいなので、大丈夫です」

「それなら、もっと『やっほい』なもので休憩してみませんか?」


 ――もっと、やっほいだと……⁉


 何度も何度も首を縦に振れば、苦笑したコレットさんが「では用意してきますね」と部屋を離れる。どきどき。わくわく。やっほい……やっほいで休憩ってなんだろう?


 しばらく待っていると、コレットさんが「失礼します」と運んできたのは――


「氷菓子……ですか?」

「はい! 最近はやっているようなので、シェフに作ってもらいました。今どきはアイスっていうらしいですよ」

「あいす……」


 白くて丸いのと、ピンクで丸いの。

 どきどきしながら「いただきます」とスプーンですくえば、断面がにゅるっと溶けたみたいになった。そのまま口の中に運ぶと、ひんやりして。あっという間に口の中からなくなって。だけどしっかり甘くて。ミルクのコクがいっぱいで。鼻からおいしい匂いが通り抜けて――とにかくやっほーーーーーーいっ‼


「コレットさん! これ! おいしい! すっごく! やっほい!」

「ふふっ。わたしの分も貰ってきちゃったんですよね~。一緒に食べてもいいですか?」

「やっほい!」

「わぁーい」


 すると、コレットさんが私と同じソファに座ってくる。ちょっと狭い。緑のツインテールの先が私の頭をくすぐっているけど、全然嫌じゃない。


「ピンクの方はですね、苺を混ぜてもらったんですよ」

「なるほど!」


 私も食べてみれば、こっちも甘いけど、少し酸っぱい。甘酸っぱいっていうのが……こういうことなのかな? 酸っぱいといっても、野生している小さな実ほどじゃないんだけど。それでも甘いだけじゃない、口の奥にわずかに残る刺激に感動しながら。


 私はスプーンを容器に置いて、コレットさんを見る。

 すると、コレットさんはスプーンを半分咥えながら小首を傾げてくれた。


「どうしましたか?」

「あの……前々から気になっていたのですが」

「はい、なんでもどうぞ?」

「いつも私のご飯作ってくれるひと、誰なんですか?」


 たしか、料理人さんがいるって言っていた気がするけど。

 このお屋敷に置いてもらうようになって、二週間。毎日おいしいごはんは頂戴するけど、その人に会ったことがない。最初の案内の時も、厨房の中には入らなかったし。だけど、コレットさんらの話だと、たしかに料理人がいるって話だったと思うんだけど……。


 すると、コレットさんは何の気なしに提案してくる。


「会いに行きますか?」




「……うす」


 厨房に居たのは、とっっても大きなひとでした!

 大柄な旦那様よりも、もっと大きい! あれです、一度司祭長様の命令で秘薬の素になる花を取りに行った時に出会ったクマという動物に似てます。目が小さくて、手や足が大きくて。


 そんなクマさんの名前は、ヤマグチさんというらしい。


「いやあ、料理の腕と知識は確かなんですけどね。ヤマグチさん、とっても人見知りで。何度ノイシャ様にご挨拶しようと言っても、頑なに厨房から出ないんですもん。寝る場所も倉庫なんですよ、こーんなに部屋が有り余ってるのに!」

「……うす」


 口を尖らせるように教えてくれるコレットさんをよそに、高いところから私を見下ろすヤマグチさんは頷くだけだった。


「現役時代の父さんの後輩……て話なんですけど、それ以外私もなーんも知らないんですよね。なんたって『……うす』以外なんにも話してくれないんですもん」

「……うす」

「でも、ヤマグチさんのご飯にハズレないんで! わたしはヤマグチさんに胃袋掴まれているといっても過言じゃないくらい、もうヤマグチさんのご飯以外食べる気がしないんで! 良い人なのは間違いないと思うんで、ノイシャ様も仲良くしてあげてくださいね」


 私をジッと見下ろすヤマグチさん、ちょっぴり顔が赤くなっている。

 それでもやっぱり、口にするのは「……うす」だけだから。

 私はペコリと頭を下げた。


「あ、はい……よろしくお願いします」

「……うす」


 そんな時、外からザァーと音がし始める。


「え、ちょっと、雨⁉」


 どうやら通り雨みたい。お空は青い。だけど雨の勢いは結構激しくて。


「わたしのお洗濯もの~‼」


 コレットさんが慌てて厨房を飛び出していく。どうしようかな、奇跡で雨を止ませることもできるけど……でもここまで降っちゃうと、今更かな? けっこうマナの消費も激しいから、旦那様にまた『ど阿呆』言われちゃうかもだし。鞭で打たれるわけじゃないから、嫌じゃないんだけどね。でも旦那様は言いたくて言っているわけじゃなさそうだから。言われない方がいいんだろうな。


 でもとりあえず、結果として。

 今は私、ヤマグチさんと二人っきり。


 コレットさんを見送ってから、またジッと私を見下ろすヤマグチさん。

 身体は大きいけれど、つぶらな瞳が可愛いから。

 私はがんばって、お礼を言う。


「あ、あの……アイス、とても美味しかったです」

「……うす」

「コレットさんと一緒に食べたんです。とろっとひんやりとろけました! あんなの、どーやって作るんですか?」


 そのままの勢いで気になったことを聞いてみれば、ヤマグチさんが動き出した。

 用意するのは、銀色のボウルと、たくさんの氷。そしてミルクにお砂糖とお塩……?

 どうやら、目の前で作ってくれるらしい。

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