第17話 生きる神を買った男(リュナン編)

 ♦ ♦ ♦


 寝る前に、セバスから一日の報告を受けるのが日課だ。

 それと同時に、俺が愚痴をこぼすのも。


「今日もとんでもない事案が発覚した気がするんだが」

「ジャージという素材はとても興味あります。この老体にも着こなせるでしょうか」

「着たいのか?」


 セバスには生まれた頃から世話になっている。特上の寝間着の一枚や二枚など、喜んでプレゼントさせてもらうが――それどころじゃない。


「彼女、禁書を読んでいたと言ってなかったか?」

「禁じられた奇跡を使いこなしてましたね」

「禁書の複写もさせられていたと言っていた気がする」

「禁書はその名の通り公にできない書物であり、教会に管理が一任されていたものだとはいえ……全て国家遺産でもありますからね。それを無断で複写したとあらば……その複写本はどこに行ったんでしょうな?」


 禁書に記されている奇跡は、かつての偉人たちが人の身で扱うのは度が過ぎるということで使用を禁じた式のこと。奇跡は神が人に与えた力であるとされているから、その管理は聖女の活動・支援と共に教会が請け負っているはずなんだが……どうやら今の司教が、少々独裁が過ぎているらしい。


 少なくとも、俺は城から禁書の複写指示が出されたなんて話は聞いたことがない。


 ――そういや先日処理した盗難書類の中に、それらしき物があったような……。


 ふと団長に押し付けられた仕事内容が頭をよぎるも、目先の可能性の方がとにかく悩ましい。


「その罪が公になった場合、彼女ひとりに押し付けられる可能性があるのは気のせいか?」

「司祭長、我が天使を罪人にしようとは……万死に値しますな」

「闇討ちはまだ・・やめとけ。証拠が足りん」

「おや、コレットはすでに準備を進めていたと思いますが?」

「あいつッッッッ!」


 気持ちはわかる! 気持ちはわかるが、気が早い‼ 

 コレットの無茶を止めようとすぐさま席を立つも、セバスが笑いながら引き留めてくる。


「さすがに冗談ですよ。でも――安心しました。坊ちゃんが『ノイシャ様を追い出そう』などと言い出さないで」


 ――こいつ、俺を試したのか。


 俺は椅子に腰を下ろして嘆息する。


「……言い出して欲しかったか?」

「いえ? そんなこと仰ろうものなら、今ここで謀反を起こしてましたね。私が」

「あぁ、良かったよ。『鮮血の死神騎士ブラッド・ネクロマンサー』が目覚めないで」

「はっはっは。懐かしい悪名ですな――足が治ったので、少々自分を試してみたかったのですがね」


 とセバスは笑っているが……こちらは笑えない。


 俺がまだ生まれる前の話だが、『鮮血の死神騎士ブラッド・ネクロマンサー』は戦場で恐れられていた称号だったという。その騎士が通り過ぎた後には、喉元から鮮血を吹き出す兵士らが魑魅魍魎と化していたらしい。あまりに鮮やかな手並みのため、斬られた相手も自分が死んだことになかなか気づかず、しばらくその場を歩き回るんだそうだ。


 常に前線に駆り出され、無茶な戦いを強いられて片足を失くすまで――その異名を背負っていた男は、使えなくなったとわかるやいなや、即座に団を追われたらしい。戦争が終わったのは、それからわずか一月後のこと。今や英雄と祀られている伯爵は、そんな男の腹心だったという。片足を失くした時、何があったか――セバスは頑なに語ろうとしないけど。今は俺の横で、平然と“執事らしく”俺に助言を呈してくる。


「このまま知らなかった・・・・・・ことにしますか? 正直、それがいちばんレッドラ家にとっては安パイでしょう。下手な正義感で事を荒立てるほど……あなたはもう幼くないはずです」


 つまり、セバスも俺と同意見なわけだ。まだ静観していろと。それなのに――わざわざこう釘を刺してくるということは……まぁ、考えるのは今はやめておこう。


 俺は、彼女に深入りなどしてはならない・・・・のだから。


「それはそうと、教会は彼女が『禁じられた奇跡』を使えること、知ってると思うか?」

「知ってたら、あんな常識的・・・な値段で身請けなど出さないでしょう」

「バルサ曰く、かなりの高値だったらしいぞ?」

「でもあなたの勉強代の範疇で『神』が買えるとでも?」


 禁じられた奇跡を使える者――彼女は大したことないと言っていたが、それは『彼女』という基準がおかしい可能性はなかろうか。それこそ俺は『生きる神』と祀られてもおかしくない少女を買ってしまった恐れはなかろうか。


「……本来なら、すぐ父上に相談する案件だな」

「えぇ。そして国王陛下に直訴してもらい、教会の弾圧。そして坊ちゃんは『一時保護した』という体になり、ノイシャ様の身元は『城』に引き渡されるかと」

「そうしたら……王太子殿下と結婚か」

「ちょうど、というのは失言になるかもしれませんが、婚約者の方が去年病で亡くなってますからね。そろそろ喪が明ける頃でしたかと」

「次期王妃か……あのやっほい娘が?」


 俺が苦笑を漏らせば、セバスは形だけの苦言を呈す。


「旦那様、ご自身の妻に『娘』とは失礼ですよ」

「ぐーたら生活は、ずいぶん遠のくだろうなぁ」


 それを、左から右に流して。

 俺は『ジャージ』とやらの特性を語る、目をキラキラさせていた彼女を思い出す。

 難しいことを話しているのに、とてもイキイキとしていた。

 一房を残して、髪が真っ白になるまで働かされてきた少女が。成長期にまともに食べさせてすらもらえなかった少女が。


「気分次第で体調が変化するとか、都合良すぎだろ」


 それでも年頃の遊びやおしゃれもしたことがなく、懸命に自分の気持ちを伝えてこようとしている少女が、ようやく自分らの前で、日々を『やっほい』と楽しめているのなら――


「――決めた」


 彼女のささやかすぎる夢を、いつまで叶えてあげられるかわからない。

 だけど、泡沫の夢で終わってしまったとしても――不器用に笑う彼女を、俺はまだまだ見ていたいから。それを、『身請けした責任』という理由に押し込めて。


 俺はセバスに命じる。


「父上への報告は、少しだけ見送る。それまで……俺らは全力で彼女の『ぐーたら生活』の援助をしよう。コレットにもその旨をしっかりと伝えておくように」

「すべては主の思うままに」


 そして、セバスは俺に最敬礼をする。

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