第12話 排除させていただきます。

「奥様、お呼びでしょうか?」

「あ、はい……」


 扉がノックされ、私は入室許可を出す。

 準備をしてから、マチルダさんたちを呼び出すのは簡単だった。『貴族らしい振る舞いのことを教えてもらいたい』と……直接話しかけるのは難しかったので、メモ書きを彼女たちがお茶していた部屋に入れておいた。ノックしてから、扉の下の隙間から入れたの。気付いてもらえて良かったな。


 部屋に入ってきた彼女たちはニコニコだった。

 私もにっこり微笑んでみるけど……うん、マチルダさんのこめかみが少し動いたな? 少し青白く光る鏡を見やると、やっぱり私の笑顔はなんか怖かった。これは要練習。


 それはともかくと、マチルダさんが話しかけてくる。


「メモ書きを拝見いたしました。大変すばらしい向上心だと思います。そして何より、その教育係としてわたくしたちを選んでくれたこと、とても正しく・・・思いますわぁ!」


 揚々と話していたマチルダさんのこめかみが、また少し動く。

 ……うん、ちゃんと部屋は機能しているみたいだね。

 私は歪ながら笑みを浮かべつつ「もっと中まで入ってください」と告げれば、後ろの二人も「失礼します」と中に入り、扉を閉めてくれた。


 ――リンッと小さい鈴のような音が聴こえるけど、気づいたのは私だけだろう。

 私は気づいてないふりをしながら、何事もないように話す。


「本当は、コレットさんを通すべきだと思ったんですけど……」

「そんな必要はございませんっ! コレットはしょせん薄汚い野生児・・・・・・。そもそも、そんなゴミみたいな女・・・・・・・が公爵家で働いていることが間違っているのです! そもそもそれを許可する旦那様もおかしい・・・・。まぁ、さすがは頭のイカれた・・・・・桃色公爵。まぁ、こんな枯れ葉のような女・・・・・・・・を娶った時点でおかしい・・・・のはわかっておりましたけど……」


 このあたりで、ようやく自分がおかしい・・・・ことに気が付いたのだろう。

 後ろの二人が「マチルダ様、少々お口が――」と制止しようとしているも、彼女は「あなた方のような下級・・に指図される筋合いはなくってよ!」と言い放ってしまう。


 私はちらりと鏡を確認してから、再び口を開いた。


「マチルダさんは、私のことどう思ってますか?」

「そんなの、小さくて子供な背と顔のくせに・・・老婆・・のように白い髪なんて気持ち悪い・・・・・! なんでこのわたくしがそんな出涸らしのガキ売女・・・・・・・に頭を下げなきゃいけないのか、本当に理不尽極まりないですわぁ!」


 青白い顔で、マチルダさんはどんどん私を罵倒する。

 それに「後ろのお二人も同意見ですか?」と尋ねれば、二人とも「薄気味悪い」だの「ぺちゃぱい」だの、散々言ってくれて。……でも、ぺちゃぱいってなんだろう? そんなお菓子でもあるのかな? ちょっと美味しそうかも。しかも、それにマチルダさんも「あなたたちなんて低能な!」なんてことを言ってしまうから、さぁ大変。聞くに堪えない悪口が、この綺麗なお部屋の中に飛び交ってしまう。


 そんな様子は、全部鏡に映っていて……。


 ようやく、マチルダさんが私を見下ろす。


「……どういうことですの?」


 ――さぁ、ここからが今日の私の仕事です。

 気を引き締めていきましょう。


「この部屋の中に、少々結界を張らせていただきました」


 結界という言葉に、彼女たちは息を呑んでいる。「あっ、当然健康や精神を害するようなことはないのでご安心を!」と付け足すけど……その顔じゃ、あまり信用してもらえてないかなぁ?

 私は説明を続ける。


「この部屋の中では、本音しか喋れないよう制約を掛けさせていただきました。なので、先ほどのあなた方の暴言は、すべて心の中で思っていることです。コレットさんだけでなく、ずいぶんと私のことがお嫌いのようですね?」


 まぁ、出会って数日で好かれたいなんて、そんなわがまま願うつもりもないけれど。

 それでも、私はこの屋敷の『奥様』だから。契約書に書かれていた『快適な衣食住の提供』に反する以上、快適ではない要素は排除させていただきます。


 だけど、マチルダさんはにやりと口角を上げる。当然、その勝ち誇ったような笑みも本心から出ているのだろう。


「それで? わたくしたちの本音を聞いてどうするつもりですの? 告げ口しようとも、あなた一人とこちらは三人、いささか信憑性に欠ける――」

「あ、それなら対策済みです。全て録画してありますから」

「ろくが?」


 その疑問符に、私が指を鳴らそうとした時だった。


「奥様、入りますよ!」


 扉の外から声がしたかと思いきや、入ってきたのはセバスさんとコレットさん。


「いきなり失礼しました……が、奥様の部屋がやたら騒がしいかと思いきや……マチルダ殿、どういうつもりかね?」


 凄むセバスさんに、私はマチルダさんたちと同様「ひえ」と肩を竦めてしまう。怖い……目つきが……いつもの温和なセバスさんとは思えない鋭さ……。


 だけどマチルダさんが答えるよりも前に、セバスさんは言う。


「こんな天使のように愛くるしいノイシャたん・・に何か遭ったら、貴様なんぞ八つ裂きにして海に――ん?」


 すぐに口を止めたセバスさんの後ろで、コレットさんが「ぶふっ」と口を押さえていた。……まぁ、ちょうどいいか。


「セバスさん、コレットさん。こちらを見ていただけますか?」


 なんかおかしな敬称で呼ばれた気がするけれど、私は気にせず指を鳴らす。

 すると鏡に映りだすのは、先ほどまでのマチルダさんらと私の会話風景。


「奥様、これは奇跡……?」


 うぅ、コレットさんの目も怖い……本当お二人そっくり……。

 だけど今回は私、倒れていません! だから両手を身体の前で握って見せる。


「大丈夫です! コツ、掴みました!」

「コツ~~⁉」


 訝し気に顔をしかめるコレットさんを「その話はあとで」と制止して、セバスさんは鏡を注視してくれていた。今はマチルダさんが私を『老婆のよう』と言ったシーン。三人は青白い顔をしながらも唇を噛み締めている。


 そして『三対一では信憑性に欠ける――』と言ったシーンの後、セバスさんは静かに口を開いた。


「奥様、こちらの映像は保存しておくことも可能ですか?」

「はい、特に上書きしなければいくらでも」

「では今晩、旦那様にご覧いただくこともできますね」

「もちろんです」


 だって、そのための録画だもの。

 このくらいの奇跡なら朝飯前だ。懺悔室でも、いつもこっそり鏡を置いて録画していたからね。司教様のご指示で。あの録画を何に使っていたのかまでは知らないけれど。


 だけど、今はそんな昔語りどころでなく。疲れる前に、きちんと終わらせなければ。私はベッドに腰かけたまま、セバスさんに頭を下げた。


「この通り、さすがにこんな私のことを悪く思っている方が傍にいるのは怖いです。もし可能であれば、人員の見直しを検討していただきたいのですが……?」

「勿論でございます」


 すると、セバスさんとコレットさんが最敬礼を返してくれる。


 さて、これでひと段落かな。あとは旦那様がどうにかしてくれるよね?

 幸せぐーたら生活に、また一歩近づいたよね……?


 そう肩の力を抜こうとした時。


「伸ばしたい……その白いほっぺ、たんまり撫でまわしてから――失礼しました。すみません、あまりに恥ずかしいので、早くその結界を解いていただいてもよろしいでしょうか?」


 真っ赤なセバスさんをよそに、コレットさんは「その録画、今の父さんも撮れてますかね? あとで旦那様と見てみんなで笑いたいんですけど」と提案してくるから。


 もうお仕事モードを解いた私は「ふひっ」と笑った。

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