第11話 元聖女は見た!
だけど、困った。
別に旦那様が提唱してくださったスケジュールをこなすのが嫌なのではない。
コレットさんに、今までの『ぐーたら生活』を否定されてしまった。
「たくさん寝て。美味しいものを食べて。幸せな気持ちになるだけじゃ……足りない?」
それに、どうやら旦那様方は私が死ぬことを望まれていない様子。
むしろ、絶対の禁止事項に挙げられてしまった。
ならば旦那様に買われてここに居る以上、その命令を無視するわけにはいかない。
昔と違ってお腹はいつもポカポカ。睡眠もたっぷりとって頭も冴えているし、多少マナを使って無理をしたって死なないとは思うのだけど。
「『ぐーたらを極めろ』……ですか」
なかなか難しいご命令だ。だけど、それがこの雇用における絶対条件だというならば……こちらとて一石二鳥。諸手をあげて極めてご覧にいれなければ!
とりあえず、寝具は今ので十分なはずだ。毎日コレットさんが綺麗なシーツに取り換えてくれる。枕を抱きかかえてみても、これ以上ないふわふわな弾力。旦那様からのスケジュールでは、読書の次に睡眠時間の割合が多かった。つまり、とりあえず睡眠に関する『ぐーたら度』の向上を図れば、ぐーたらの高みへ近づけるはずなのだ。
そんな計画を練っていると、気が付けば読書の時間になっていた。
とりあえず、具体的なぐーたら案がないのだから、旦那様提唱のスケジュールに沿うのが無難なぐーたらだろう。
「本……」
与えられた部屋にある本棚を見てみる。いくつか置かれている本はあれど……どれも物語のようだ。ざっと流し読むと、かつて婚約者を亡くしたメイドが訳ありの王子に見初められる恋物語だったり、国一番の聖女が護衛騎士と仕事から逃亡する冒険譚だったり、百日後に死ぬと天啓を受けた令嬢の奮闘記だったり――正直、どれもあまり今必要な知識を身に着けられそうにない。
ここは仮にも、レッドラ公爵の分家。おそらく蔵書室などもあるだろう。
――他の本をお借りしよう。
どうせ読むなら、公爵夫人らしい振る舞いを学べる本。あるいはぐーたら生活の参考書。
そう部屋から出て、コレットさんかセバスさんを捜そうとした時だった。
「あなた、いつまで奥様を独占しているのよ!」
「と言われましても~。わたしが奥様専属の侍女を命じられてますので~」
「そもそも、それが納得いかないのよ! どうしてわたくしがハウスメイドで、あなたがレディースを……わたくしは伯爵家の娘なのよ!」
「さあ? だからわたしに言われましても~。ご不満は直接旦那様に言ってくださいませ」
「まったく、この役立たず!」
マチルダさんが、持っていた水差しをコレットさんに投げつける。当然、コレットさんがぶつかって痛いだけでなく、びしょびしょに濡れてしまって。
それなのに「ふんっ」と鼻息荒くしたマチルダさんたちは、コレットさんに手を貸すわけもなく踵を返してこちらに向かってきてしまった。……いけない、こっちに来ちゃう!
私は慌ててお部屋に戻った。
コレットさん……大丈夫かなぁ。大きな怪我がないといいけど。
胸の奥がむかむかする。なんであんなに優しいコレットさんがあんな目に遭わなきゃいけないんだろう。それに――なんで私、逃げてきちゃったんだろう。
――私の幸せなぐーたら生活環境、コレットさん抜きでは考えられないのに。
「……よし」
私は今、これでも次期公爵夫人だ。
今一つメイドさんたちの役割とかよくわかってないけど……正直、来たばかりのメイドさんよりは偉いはず……たぶん。だったら『ちゃんとした理由』さえあれば、解雇だって旦那様にお願いできるはずなのだ。
――これでも、私は聖女だったんだから。
たとえ、『聖女』という肩書が過去のものになったとしても。
『私』の能力に、何か変化があったわけではない。少しだけ疲れやすくなっただけだ。
――それなら。
私は動き出す前に、旦那様からの契約書を確認する。
奇跡は使用してはならない。なお、これは乙が十分に体力を回復した際はこの限りではない。
つまり、私が元気なら使ってよいということだよね?
倒れたばかりとはいえ、今日は仕事が休みだった。そう――まだ三分も働いていないのだ。
「すべては、幸せなぐーたら生活のために!」
私は初めて自分のために、奇跡を行使することに決めた。
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