真っ暗な闇だった。そこには何も無くて、私には掴む場所さえなかった。幼い頃から、そこは私の居場所だったのだ。
「
若い女の声がする。この声は、誰だろう。
「若手イケメン俳優に名乗りを上げている今大注目の
「………。」
私は黙って礼をする。黙っていてもいいとマネージャーが言っていた。むしろ、お前は哲学的過ぎて、言ってることがよく分からないから喋るな、と言われているので今の私の選択は間違ってはいないのかもしれない。
「うわー…。お噂通り寡黙な方ですね。でもまだ二十歳超えたばっかりなんでしょ?大人びてるわね。」
「……。」
私は司会の女が言ったこの言葉に、微笑みを返した。
どうでも良かった。私をほめたたえるような何かはでも気持ちが悪くて仕方が無かった。だからそういうことは無視をしようと決めているし、だからどうでもいいと思うことにしているのだった。
すると、目の前にマネージャーがいて「何か喋れ」とフリップで指示を出している。仕方が無い、何かしよう。
「こんにちは。」
「ああ、こんにちは。やっと喋ってくれた。もう、喋れないのかと思ったよ。」
「いや、人見知りだし緊張するので、バラエティーも初めてで…。」
「そうなんだ、だからか。イヤーでも本当にイケメンですね。見たこと無いってくらい、きれいですよー。」
「はは、ありがとうございます。」
やたらと若くメイクも薄く、でも口が達者で器用そうな女、私の苦手なタイプだった。こういうタイプは、正しく私の保護者と似通っているのだ。
私の保護者は女だ。
母親ではないという。母親ではないのになぜ、この人は保護者だと名乗っているのか、成人するまで分からなかった。分かろうとしなかった。私はずっと、閉じ込められていたのだから。しかし、ある日女は死んだ。私はそして、外の世界を知る。
外の世界、というものがあることなど知らなかった。外の世界は、痛い程、私の全てに刺さりつけていた。
警察によると、私は監禁されていたらしい。幼い頃に失踪届けが出されていて、でもその届出人は死んでしまっていて、つまり私は幼い頃に誘拐され、これまで監禁されていたということらしい。私は、実の両親というものを失っていて、そのことを理解した時は、少し悲しいような気がした。二人とも病死で、私が誘拐されてから伏せるようになり回復することができず、病に侵され死んでしまったということだった。
会ったことも無い、でもその人たちは確かに私を愛していたのかもしれない、今はそう思っている。
「ではありがとうございました。」
収録が終わり、お疲れ様ですという声がスタジオに響き渡る。
私は今、少女を監禁している。
彼女は、女優の卵だった。というかもう還っているといっても過言ではない、彼女は立派な女優としてすでに認められていた。でも、まだ幼かった。
私は彼女に恋をした。
身寄りのない私を拾った事務所の社長は言っていた。土田李緒は事務所の頭なんだ、ぜったいに売れるし人気者になっていくから、お前もそれに続いてくれよ、と。私のような人間はまっとうな生活を送ることは難しく、世間は嫌に厳しかった。就職しようにも保証人がいなくてどうしようもなく、もちろん友人などもいないのだから相談できる相手もなく、必然的に路上で生活する羽目になる。私は、そこから抜け出す術を知らなかった。
ただ一つ、救いがあったとするのならば、それは図書館で読む本だった。ずっと監禁されていて、そこにある本から文字を吸収し最低限人間としての教養の様なものを身に着けようと必死になっていたことを思い出す。私には、それしかやることが無かったのだ。
だから世界を知って、外に出てみて私はまず図書館という場所へと駆けた。そこは、私にとっての居場所だった。私は本を読んでいる間だけ、救われるのだ。
知らなかった感情、知識、全て、それはそこに書いてある。私は死に物狂いで本を読み、毎日を送っていた。
そんな時、社長に拾われた。
図書館を出る私を、彼は待ち構えて捕まえた。
「お前、おもしろいな。何かすげえイケメンが毎日図書館に来るってSNSでバズッてたんだよ。お前か、確かにすっごくイケメンじゃねえか。」
そう言って彼は私を飼い慣らしていった。私はそうやって誰かに世話をされているという現実に、とてつもない癒しを感じていた。だから私が俳優になったのは、必然だ。
そして、土田李緒を好きになってしまったのも必然なのだろう。
私の持っている全部で、彼女を愛しているのが間違いだというのなら、それはそうなのだろう。けれど、私には分からない。
私には、分からないのだから。
「痛いよ…やめて。」
彼女は顔を曇らせて、私に訴えかける。最初は、くっついてくる小動物のように私に親しんでいたのに、なぜだろう。
もしかして、
もしかして私が彼女のことを殴ったからなのだろうか、
けれど。私は彼女が私のことを拒むから、そうしただけ。いけないのだろうか。
もしかして、
私が彼女を愛したことが間違いだったのだろうか。
もしかして、私は彼女のことを愛してなどいないのだろうか。
もしかして、私は私の全てが間違っているから悪いのだろうか。
もしかして、
そうもしかして。
私は頭の中にいつも疑問が渦巻いていて、でも正解が分からない。
だからもう、考えることはやめよう、と決めた。
ふと気づく。私は瞳孔を目いっぱい開き、彼女を睨む。彼女はとても美しい顔をしていた。くぐもった表情に、薄っすらと浮かぶ涙。そして強く光る意思。
「郡司さん、お願いだからやめて。私郡司さんにそんなことして欲しいんじゃないの。郡司さんが大変だったってことは分かってるから、だからお願…。」
彼女の言葉をさえぎって、私は続けざまに殴り倒す。
悪魔のようだ、と一瞬考えが頭を過る、けれどすぐにその考えは打ち消され、私はまた私のまともな世界へと向かって行く。
「…郡司、さん。」
彼女は、意識を失った。
これで何度目だったのだろうか、もう数え切れない程彼女はこの場面を繰り返しているように感じる。
そしてこれを皮切りに私は暴力性を失い眠りにつく。
なぜだかは、もちろん分からない。
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