星明りの魔法使い2
第5話 王都の騎士
無数の星々が、全てを照らす夜だった。
王都の外れに在る古い屋敷に、数名の男達が押し入った。
数百年続く家系ではあったし、それなりに立派な屋敷とも言えなくもない。
だが、先祖代々住み続けたその屋敷は古いばかりで、どちらかと云えば特別富んでいるとも言えないような屋敷である。
そこで慎ましい暮らしをしていたのは、老夫婦と孫娘が一人。他は、代々長く住み込みで働いている使用人一家がいるばかり。
押し入ったのはいずれも貧しい身なりの流れ者である。
王都の警邏の騎士達が駆けつけ、誰一人欠けること無く家人は皆無事であったものの、助かったのだと知れるその瞬間まで、生きた心地はしなかった。
武器を手にして押し入った男達から身を守る術を持たぬ彼らは、地下室に逃げ込み身を寄せ合って祈るばかりであったのだ。
押し入った男達は、取り押さえられる際に激しく抵抗した結果、二人がその場で斬り殺され、残りの三人は自らの手で命を絶った。
老夫婦はそれまでの長い人生の中、無縁であったこの血生臭い出来事に大変動揺し、そしてまた彼らを救った騎士達に深く感謝した。
そして、その夜の一連を予言し、騎士達と共に駆けつけた一人の魔導士に、彼らが穏やかにこの世を去るその瞬間まで、より深い感謝の念を捧げ続けた。
魔導士とは、人の身でありながら古い神の血を継ぐ者である。
『選ばれし者』と自らを称する彼らは、その魔力を持って夜空に浮かぶ全知の星を読み、過去を知り未来を垣間見、人を、時に国を導く存在である。
彼らの予言は莫大な富を生み出し、その尊き言葉は無償ではあり得ない。
しかし、その夜を予言した魔導士は何の見返りも要求せず、差し出された謝礼の一切を受け取ることもしなかった。
彼の魔導士の名は、ユン・ガレット・デ・ロワ・サヴァラン。
彼は、夜を映す濃紺のローブを身に纏い、己を『星読み』と称した。
◇
晴れ渡る青い空に、色とりどりの紙吹雪と花弁を混ぜたものが散っている。
人々の喧噪を縫うようにして、狭い路地裏を駆けていたサジェンは、顔面にまとわりつくそれらを払いのけた。
古の神が地上に降り立ったとされる日は、ともずれば建国を記念するそれよりも華やかに祝われ、一年を通し最も重要視されている祝日である。
市街の、特に大通りは華やかに飾られ、出店も多く、催し物も開かれる。そのため、多くの人々がこの王都に集まってくるのだ。
まして、今この国にはその神の存在を知らしめる賢者の存在がある。
国中どころか国外からも多くの人々が集まり、この浮き足立った喧噪を生み出している。
彼らの目的の大部分は、賢者が見せる奇跡にある。
奇跡を一目見ようと、多くの者が王都へと押し寄せているのだ。
拭い難い不安とやるせなさを抱いたサジェンは足を止め、レンガ造りの壁に手を付いた。
目の前に落ちて来た自らの金髪を掻き揚げ、息を整えながら周囲に視線をやる。
もしやと思って、むしろ願う気持ちで足を運んだこの場所だが、やはり目的の姿は見当たらない。
建物を囲いそびえる壁は高く、路地裏に陰鬱な影を生み出している。
大通りの喧噪を恐れるかのように、人の姿がぽつぽつと見え、こちらの様子を伺っている。こういった場所にいるのは、いわゆる貧民と称される下層の民。そして、何らかの後ろ暗さを持つ者達である。
サジェンのように、明らかに騎士とわかる隊服姿は、この場の空気にそぐわない。
遠巻きの視線に嘆息を落とし、サジェンは再び走り出した。
一応帯剣はしているが、サジェンの姿は一端の騎士というよりも見習いのそれに見えてしまうだろう。
外見についての自覚はあるし、その辺の破落戸相手に後れを取るつもりは毛頭ないが、それでも多人数で来られては些か厳しいかもしれない。
騎士でありながら身包み剥がされては洒落にならない。恥が過ぎる。
脳裏に描いた王都の地図を頼りに裏路地を進み、ようやく表通りの賑わいが見えた。
王都内をうろうろと走り始めて結構な時間が過ぎ去った。
表通りを賑やかす人の姿が増えている。見上げる空も明るく、底抜けに青い。昼に差し掛かる時間なのだ。
絶望感と共に表通りに転がり出ると、サジェンと同じ任務を仰せつかった騎士の一人が通りかかった。
歳の離れた人生の先輩だが、立場上二人組むことの多い、云わば相棒、というやつだ。
サジェンとは異なり、体格に恵まれたレオンは、無遠慮に人垣を掻き分け向かって来た。
「レオン殿!」
「サジェン! そっちはどうだ!?」
自分以外の誰かが見つけているかもしれない、という一縷の望みは絶たれたらしい。
レオンの発した言葉に絶望感を募らせ、サジェンは首を横に振った。
「心当たりは一通り回ったのですが……」
「いないか」
「はい……」
横に立ちサジェンを見下ろしたレオンは、詰め襟の首元を開き汗を拭った。
「仕方ないな」
そうしながら零された声は、サジェンの耳にもしかと届いた。
縋るように見上げたレオンの顔は、同情しているようにも見えないこともない。が、どこか面白がっているようにも見える。いや、多分、間違いなく、面白がっている。
レオンは諦めろと言わんばかりに頷き、サジェンの肩に手を乗せた。
その手の重みは明らかに「お前は逃げるな」と語っている。
両肩に感じる重みを受けて、サジェンはがっくりと肩を落とした。
◇
古の時代、人に混じった神の血は、長い時を経た今の時代にも受け継がれている。
ごく薄く、僅かに残されただけの神の血。
しかし今のこの時代に於いても、受け継がれた神の血は魔力として、人々に恩恵をもたらす存在である。
魔力とは、杯に注がれた水のようなものであるらしい。
注ぐ水が多ければ多い程、満たせば満たす程に魔力は甚大とされ、星を読む能力は高くなる。
更に、杯から溢れ出る程であれば、その溢れた魔力が奇跡を見せ、その奇跡の技を持つ魔導士には『賢者』の称号が与えられる。
神の血が色濃く残っていた時代、歴史に名を残す大賢者の中には、その魔力をもって火を起こし、水を操った者もいたという。
そのほんの一端であれ、奇跡は、神の存在を裏付ける確かな証なのだ。
グェイン・グレン・クランペット・クランツクーヘンは、この時代における唯一にして、最後の賢者とされている。
魔導士の不可視の力を唯一万人に見せることができる賢者の存在は、本人の意識に関わらず重要な役割を得ているのだ。
そう、本人の意識には関わらず。
誓って、サジェン個人として、賢者グェインに思うところなどないし、含むものもない。
それでも、その意識の希薄さについては、大いに遺憾であり、由々しき事だと思っている。
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