operation3 勇者との邂逅

 私が今回の任務において組織から特例として支給されたのは魔道具と呼ばれる物である。

 本来魔道具は、国を揺るがせる可能性がある物が多く厳重に取り扱いをされている。

 しかし、組織は世界にある魔道具の中でも最高品質の物を数個のみ所持をしていた。


「私が今使っている袋、これが魔道具なんて信じられないわね……唯の紫色の袋みたいだけど」


 この袋には特性が二つあるようで、一つは生命力の低い物質及び無機物の質量を無視して収納出来る事。

 そして、取り出すまでの物質に影響する時間は停止しているという完全に物理を無視した性能を持つという事だ。


「そして、これ……」


 私は袋の魔道具から紅黒こうこくの短剣を取り出す。

 その短剣の持ち手には呪符の様な物が大量に貼られており、持っているだけでも嫌悪感を放つ様な魔道具である。


「うぅ、気持ち悪い。この短剣は袋の中に封印して置こう」


 折角組織から貰った魔道具であったが、使用者である私が参ってしまいそうなので使い道が分かるまでは封印する事にした。


 私は部屋に必要物が無い事を確認すると、部屋の内扉を開いて中央窓口の方へと急いだ。

 中央窓口は、組織内の部隊が唯一外に出ら事が出来る手続きの場所である。


──コツン、コツン


 早朝なので私以外の人は廊下に居ない事と出来るだけ早く任務を開始しなければいけない事に対しての焦燥感からか、足音が廊下に響く。


「とりあえず、早く中央窓口に行って任務事外出手配を要請しないと」


 少し先の角を曲がると地下空間とは思えない程の広さを持つ中央窓口が見えて来る。

 植物や自然をモチーフとしたデザインは基本的にパルム発案の内装であり、早朝にも関わらず植木や花の手入れをしているのは早朝や深夜帯でも送迎手配をする為である。

 

「おや、これはこれはメスティス殿。既に送迎の手配は出来ておりますが、送迎場所はどちらに?」

「果ての山脈近くに勇者がいると踏んだ、気付かれない様に少し離れた場所にお願いね」

「それではこれを……」


 私は、いつも外出事に渡される睡眠薬を服用した。

 目の前が少しずつ歪んでいき、気がつけばいつもの様に目の前が真っ暗になった──



──ガタン、ガタン


「やっぱり、睡眠薬は慣れないな……」


 いくら情報漏洩があってはならない事だとしてもかなり強力な睡眠薬なので反動の頭痛がとても激しい。

 早く目が覚めない時は任務に少し支障をきたしてしまう時もあった。


「今は……多分、南西あたりの草原かな」 


 恐らく今回は遠出なので使い潰しの馬車だと思うが一人だけの馬車はやはり寂しく、とても暇である。

 外の景色を見ると、緑が豊かであり、湖に反射された森林は息を呑む程に圧感の景色であった。


「やっぱり、馬車よりも走った方が楽しいし速いかな……」


 私は馬車の窓から顔を出す。

 先頭に二体の馬とそれを操縦する白呼が見えるが相変わらず与えられた役割をこなすだけであった。


「ねぇ、私はここから歩く事にしたから馬車を停めてくれる?」

「…………了解致しました」


 そう言うと、白呼は馬の手綱を思いっきり引っ張り馬車の動きを停止させる。

 私は、暗殺任務の際に何度か高速で動く事はあったが馬車等の乗り物の急停止や揺れだけはどうしても耐えられないので──


「オロロロロっ──!!」


 馬車の中で派手にリバースしてしまった。

 恐らく、みたらし団子だった物も含めて馬車内に胃液をぶちまけてしまった。



 吐瀉物ゲロの処理は原因となった白呼に任せて草原を高速移動していた。

 言われた事だけを実行しているだけでは絶対にさっきの白呼ゲロの原因は白呼から脱する事が出来ないと思ったのは心の中に閉まっておこう。


「久しぶりに来たけど、やっぱ空気が澄んでいて気持ちが楽になるわ」


 この場所、ディーバ草原は人が少なく、かつ人工物や汚染が無いので純度100パーセントに近い新鮮な空気が漂う素晴らしい場所である。

 しかし、人が少ないという事は任務として来る事は無い為にこの場所に来たのは長い人生をとったとしても2度目である。


「とりあえず、果ての山脈まであと数キロメートルで着くから警戒しないとね……」


 そう、浮かれて忘れそうにもなったが今回の任務は仮にも世界最強の勇者の確保もしくは暗殺することである。

 そうなると、果ての山脈に近づく際に先程出していたスピードと足音では一瞬でバレてしまう為慎重に行動する事が大切であった。


「暗殺者は暗殺者らしく音を立てずに行きますか……」


 先程まで出していたスピードを足音が出ない程度に維持し、何も無い周りからは風とそこにいる動物の鳴き声のみが響くようになっていた。



──果ての山脈。

 南西を進み、ディーバ草原を抜けると世界の果てを意味する程の広大な山脈と、それを覆い隠すように大量の樹木が一面に広がる場所である。

 人類はこの場所を最終生存補償線エンドラインとして位置付けているが、その理由は単純明解であり、この場所を超えた者は基本的に生存する事が出来ないからである。

 10年以上前に金銭目的で調査を行った冒険者達バカ供は今も行方不明のまま扱われる事になっている。


(初めて来てみたけど……やっぱりおっかない場所ね)


 エルフならではの森に対する知識を活かしてもこの先は命を落としかねない程の危険な場所だと分かった。

 しかし、任務に失敗して帰還した私を見れば閣下はお怒りになるだろう。

 良くて永久降格、悪くて粛清、どちらにせよ生存するには成功するしか道は無いのである。


「とりあえず、本題は山脈に入った後に勇者を探す為の待機場所を用意しないといけないわね」


 今回の任務にとって重要なのは、待機する事である。

 一見地味に見える作業であるが一番大切なのは如何に早く相手の居場所と情報を詳しく掴む事であり、どれだけ腕が立つ暗殺者でも情報が筒抜けで有れば捕食者から一瞬で被食者の方になる事も少なくは無い。


 私は山脈を入った標高100メートル地点で数日張り込みをして、変化が無かった場合標高を上げていく作戦をとる事にした。


1日目 100メートル地点にいる動物や植物

    は地上にいる物と変化はあまり無い

    事が分かった。


2日目 飲み水を確保する為、川や湧水を探す

    が100メートル地点に確認出来ず。


3日目 動きが無いので標高を50メートル程

    上げて張り込みをする事にした。


………


25日目 持って来ている携帯食糧が底をつき

    私はこの場所から動く程の力も残っ

    ていない。


(……ここに来てからどれくらい経ったんだっけ?)


 私は極限状態にいた。

 持って来た食糧は全て食べてしまい、原生の植物や動物を食べようとしてみたが食べる事を放棄してしまう程不味く、何度も食当たりを起こして下していた。


(やっぱりこの任務は……一人が請け負うには厳しすぎる任務だった……のかな)


 横になっている私は、空腹と極度の脱水症状でおかしくなっているようだ。

 目の前に巨大な肉の塊が見える。

 否、その表現は間違えていなかった。

 目の前にいる巨大な肉は肉食で凶暴な原生生物であり、本調子の私でも少し苦戦を強いられる程の力と賢さを持つ熊であった。


『──グルルルル、ガオッ!!』


 熊は横になって動けない私を絶好の獲物だと認識してこちらに向かったらしい。

 これから私はどうなるのだろうか?

 グジャグジャの肉となってこの熊に捕食されるのか。 

 あるいは、凌辱された果てに衰弱した私を玩具として扱い壊されながら捕食されるのか?


「────ひゅ、ひゅう……」


 追い払う抵抗も出来ないままに、殺されるのならせめて声を上げようと思ったが、声を出す程の気力も力も私には残っていないらしい……


 このような終わり方をするのも予想してはいたが実際に死ぬとなると辛く、苦しい物だ。

 私は殺す為の捕食者として標的ターゲットに牙を剥いたがどうやら最後は被食者として生涯を終えるらしい。

 今、頭に浮かぶのは私が最も仲良く再会を約束した少女アリシアであった。

 私は五体満足で彼女ともう出会う事はもう二度と無い事を悟った。

 アリシアごめん約束守れな──


「だ……誰か助けて……」


 私は限界まで声を張り詰めて言葉を発した。

 しかし、その声は熊の咆哮には遠く及ばない程の小さな声。

 生きたいと切に願った私の出せる最大限の声であった。

 でも、もういい私は沢山の命をこの手で殺めた。

 罪の有無は問わないにせよ命を奪っておいて、自分だけが殺されたく無いという考えは止めろ。


「やめて、お願い、痛い痛い痛い痛い痛い!!」


 これ以上、私は私を汚すな醜態を晒すな運命を受け入れろ。

 私の心はそう考えているが体は正直で意思とは関係なく捕食者に対して抵抗をする。

 しかし、それも限界を迎え骨と筋肉は望まぬ抵抗の果てに機能を停止する。

 そして目の前は少しずつ暗くなり、意識が暗闇に遠のいていく。


『──蒼月一門そうげついちもん・月ノ影』


──その瞬間であった。

 誰なのか分からない声を聞くと私を掴み今にも喰らわんとしていた熊の姿が一瞬にして消える。

 否、消えた訳では無い。

 私を持つ熊の手はまだ私を掴んでいた。

 しかし、熊の頭部から脚にかけて私に触れている面以外の全てがこの世界から消された。

 目の前が虚な私が見えたのは飛散した雨のような血飛沫を受ける目隠しをした青年だけであった。


「あ……貴方は?」


 私は、目の前にいる目隠しをした青年を見た事がある気がした。


「ん、俺か? 俺はひとみ──高崎瞳たかさき ひとみだ」


──私の意識はそこで途切れていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ようやく出ました勇者ヒトミさん٩( ᐛ )و

 ヒロイン兼主人公のピンチに登場するなんて素敵!抱いて!!


 まぁ、冗談はさておき次回から本格的にヒトミとメスティスが接触します!!

──次回もお楽しみに!!


 面白かったら星や感想が執筆の励みになりますので是非是非宜しくお願い致します!!m(_ _)m

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