第49話  立ちたいステージ

 

 今日は、東京ドーム公演の初日だ。

 ツアーもいよいよ大詰めで、この3日間のドーム公演を終えたら、ライブツアーはひとまずゴールとなる。

 実は、佳也子は、仕事の面接を兼ねて、東京に出てきている。今回は、英子と想太、3人でこちらに来たのだ。

 佳也子と想太は、英子と一緒に、英子の従妹の家に泊めてもらっている。そして、今日、佳也子は、1人で東京ドームにやって来た。

 昨日、無事に面接を終えたので、少し、気分はホッとしている。



 数日前に、電話で圭は言った。

「うちに泊まればいいのに」

 彼は、少し残念そうだった。

「でも、大事なライブの締めくくりでしょう? 終わったら、行くね」

「うん。……わかった。佳也ちゃん、面接、楽しんできてね」

「うん」

「佳也ちゃん、緊張はすると思うけど、あまりかたくならずに、出会いを楽しんでね。本の好きな人たちが集まるわけだから、きっと、話をすると楽しいはずだよ。試験だろうと何だろうと、新しい出会いの場にいられるのはラッキーなことだと思うよ」

「うん。ありがとう。楽しんでくる。圭くんも、ライブ、楽しんでね」

「もちろん。初日、来てくれるんだよね」

「うん。でも、たぶん後ろの方の席やから、圭くんからは見えへんと思う」

「そうか」

「でも、うちわとペンライト、思いっきり胸の前で振ってるから、そんな人見たら、私やと思って」

「ふふ。わかった。……すごく楽しみ」

 圭がスマホの画面の中で、優しく笑う。


 圭との電話のあと、スマホの画面では、可愛らしいイラストが踊っている。白いお団子のようなキャラクターが、両手に、ポンポンを持ってフレーフレーと応援してくれている。

 佳也子も同じものを返信しながら、思わず笑顔になる。


 不思議だ。

 圭と話すと、いつも気持ちがほっとして、元気が湧いてくる。

 佳也子は、ついつい肩に力が入りがちで、『がんばらねば!』と力んで、こぶしを握ってしまうのだけど、

(そんなことしなくても、もっと、素直に楽しんだらいいよ)

 そう言ってくれているように感じる。

 佳也子の握りしめたこぶしを溶かしてくれるのは、圭だ。

 おかげで、面接当日、佳也子は、とても幸せな気持ちで、会場にいられた。


 これまで佳也子は、公共の図書館や企業内図書館の求人を中心にチャレンジしてきた。でも、今回、ある学校の、学校図書館司書の求人に応募したのだ。

 司書の資格と教員免許、どちらも持ってはいても、学校も学校図書館も勤務経験は全くない。きっと、他の応募者に比べたら、不利だろうと思う。

 でも、気後れしそうになったとき、圭が言った言葉を思い出した。

「試験だろうと何だろうと、新しい出会いの場にいられるのはラッキー」

 そうだよな。

 ここに来なければ会えなかった人たちに、出会えた。この場にいるだけで、幸せかもしれない。

 そう思うと、嬉しくなって、佳也子は、集団面接も、個別面接も、全部、ワクワクしながら、チャレンジできた。

 待合室で待っているときも、周りの席にいる人たちと、話がはずんだ。お互いに初対面だけど、確かに、圭の言う通り、『本』という共通の大好きなものがある人たちの集まりは、和やかで、温かな空気で。


 待合室で、佳也子たち応募者があまりに楽しそうに話しているのや、面接に呼ばれて誰かが席を立つとき、みんなが「行ってらっしゃい! がんばって」と声をかけているのを見て、係の職員が、

「もしかして、皆さん、お知合いですか。試験の待合室で、こんな和やかな雰囲気みたの、初めてです」と驚いたほどだった。

 採用が、若干名、というのが、気になるところではあるけど、佳也子は、今日、ここで会った人たちと、こんなに幸せな気持ちで過ごせただけでもいい。そう思えた。

 結果は、まだ1週間ほど先だ。

 落ちたらそのときは、また考えよう。

 今は、やれることを精一杯やった。それでいい。佳也子の気持ちは、前を向いている。だから、今はやり切った気持ちで、思いきり、圭たちのライブを楽しめそうだ。



 そして、今、佳也子は、ドームにいる。

 ドームは、満杯のお客さんで、すごい熱気だ。まだ、ステージには、誰もいないけれど、確かに、この同じ会場に、同じ空間のどこかに、メンバーたちが、圭が、いる。ステージまで、どんなに遠くても、同じ空間の中で、同じ熱気を感じて、同じ時間を過ごせる。

 こんな最高なことってない。

 普段の圭も好きだけど、アイドルとしてのステージ上の姿も、大好きだ。


 いつだったか、圭にきいたことがある。

「あれだけの広い空間で、大勢のお客さんの前で、歌ったり踊ったりするの、緊張したりしないんですか」

「緊張は……しないと言ったらウソになるけど。でも、その緊張を上回るくらい、楽しみな気持ちの方が大きいな。普段は、テレビやネットでしか姿を見せられないけど、直接、自分たちを応援してくれているファンと一緒に過ごせる。嬉しい気持ちの方が強いよ。ドラマや他の仕事も、確かに楽しいけど。でも、ライブだから感じられる手応えがある。俺、やっぱり、ステージが好きだって思う。グループのみんなと立つ、ステージが好きなんだ」

「そうかあ……いいね。すごく、いいね。そんなふうに思ってるから、だから、ステージの上の圭くん、めっちゃ幸せそうに輝いてるんやね」

 圭が、照れくさそうに、くしゃっとほほ笑んだ。


 佳也子は思う。

 みんな、それぞれ、立ちたいステージは違う。

 私には、私の立ちたいステージがある。

 それぞれに輝ける場所を大切にしながら、私たちは、並んで歩いていけたらいいな。

 いや、必ずしも、輝かなくたっていい。

 自分が大事だと思える場所で、丁寧に毎日を過ごせるだけでもいい。そうしていたら、きっと、そんな日々も、そして自分自身のことも、好きだと思えるようになる。そんな気がする。



 会場は、客席の照明が暗くなり、ステージが一気に明るく浮かび上がる。

 いよいよ、ライブが始まる。

 圭の弾けるような笑顔まで、あとほんの数秒だ。







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