第50話 新曲
溢れんばかりの熱気とエネルギーに満ちた空気が、会場の観客とステージ上の
圭たちHSTのメンバーの心を一つにしている。
佳也子は、どの曲を聴いても、涙があふれてくる。
一つ一つの歌に、彼らメンバーが懸命に前に進んできた、その想いが込められていて、それを目の前でその姿とともに、感じられることが、嬉しくて胸が熱くなる。
ライブも終盤にさしかかった頃、ピアノの前に圭が座り、その周りをメンバーが囲んだ。
「次の曲は、まだ出来立てほやほやの曲です。この会場での公開が初めてになります」
メンバーの一人、悠希がそう言って、圭に目で合図を送る。
それを受けて、圭が続ける。
「俺が、初めて作った曲です。詞は、俺の友人が書いてくれたもので、その詞を読んでいると自然にメロディーが浮かんできて、この曲が生まれました。……聴いてください。『会いたいと思うことは』」
圭の弾くピアノから、きらめくような前奏が流れる。
『会いたい』と思うことは、
『会えない』というのと同じ意味だと
君は言ったね
ずっとそばにいたいなんて
わがままだよね
そんなことはわかってる
それでも ときには
あきるほど
あきれるほど
そばにいて
その笑顔をひとり占めしたい
『会いたい』と思うことは
『会えない』というのと同じ意味だと
胸が痛くなるくらい
僕も思ってる
どれほど時を重ねれば
僕らはともに歩めるのだろう
今日も
僕の手は君に届かない
『会いたい』と思うことは、
『会えない』というのと同じ意味だと
君は言ったね
泣いて困らせるなんて
できたらしたくない
2人過ごす大切なとき
それでも ときには
思いきり
わがまま言って
甘えたい
君をこの腕で抱きしめたい
『会いたい』と思うことは、
『会えない』というのと同じ意味だと
胸が痛くなるくらい
僕も思ってる
どれほど時を重ねれば
僕らはともに歩めるのだろう
今日も
それぞれの場所で
明日への道のりを さがしてる
メンバーが、それぞれのパートを歌い継ぐようにして、最後、ピアノの音が静かに消えた瞬間、会場に大きな拍手が沸き起こった。
その拍手はとても長く続き、会場では、あちこちで涙を拭いながら拍手をする人の姿が見える。
佳也子自身も、前奏の始まった瞬間から、新たな涙が次から次へとあふれ出している。
「この曲、めっちゃいい……」
思わず、佳也子がつぶやいたとき、隣の席の女性も、つられたように
「めっちゃいい……涙でる……」と言った。
そういう彼女の手には、メンバーの悠希のうちわとペンライトがある。会場では、拍手とともに、あちこちで、感動の声があがる。
会場のざわめきが少し落ち着き始めたところで、圭が話し始める。
「何年か前に大ヒットした『宙(そら)に還る日』という映画を覚えておられる方もいらっしゃるかと思います。実は、その映画のもとになった小説の作者、三上 柊さんから、詞を提供していただいたのが、この歌です」
「歌っていると、切なくて胸が熱くなってくるよね」
「圭の曲と詞がすごく合ってるよね」
「曲ができた~って、初めて、圭が弾き語りして聞かせてくれたときに、オレ、涙出たもん」
「俺も。自分たちで歌うってなったとき、泣かずに歌えるかな……って心配になったくらい」
「切ないけど、いい曲だよね」
メンバーたちも次々に口を開く。
圭が照れくさそうに笑っている。
会場は、メンバーたちのMCで、和やかで温かな空気になる。
日ごろ華やかで、パワフルなダンスナンバーの多いHSTだけれど、バラードになると、一転して、しっとりと歌い上げ、その歌唱力を発揮する。
圭のピアノ伴奏だけのシンプルさが、この歌にはよく合っていた。
佳也子は、自分が、圭に会いたくて、でも会えなかった日々を、この歌に重ねながら聴いた。
会いたくて会いたくて、そばにいてほしくて、
『会いに来て。ここにいるから』そう言いたかったとき。
わがままな気持ちを必死でこらえてほほ笑んだとき。
初めて、圭に、会いたいと言って泣いたときのことを思い出す。
ステージ上の圭たちメンバーは、ライブのクライマックスに向けて、
「さあ、まだまだ、がんばっていくぞ~!! ついてこれるか~い?!」
元気な声をあげる。
会場からは、呼びかけに応える大歓声が上がる。
圭たちの熱いライブは、まだまだ終わらない。
一転して、情熱的でカッコいいダンス曲の前奏が流れる。
ライブ会場の空気は、観客とメンバーの熱気で、さらに最高潮へと向かっていく。
圭たちのいるステージは、佳也子からは遠い。
けれど、この会場の隅々まで、HSTのメンバーの想いは届いている。
それを、佳也子は感じる。
ファンたち一人ひとりが、ステージにそそぐ熱いまなざしを受けて、圭たちが歌い、会場中を駆け巡る。
最後の1曲まで、全力で駆け抜けるHSTのメンバーを、佳也子も周りの観客もあふれる涙とともに見つめ続ける。
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