第4話 一緒にいると

「あら? 知り合い? あ、もしかして、やっぱり、本を一緒に選んでもらったって、佳也ちゃんのことだったの?」

 英子も目を丸くしている。

「ぴよ?」

 不思議そうに、でもニコニコしながら、客人の膝の上に座って、ヒヨコの想太は、彼の顔を見上げている。

「本も選んでもらって、傘までもらったんです」

 想太の頭をくりくりなでながら、彼も笑っている。


「まあ、そうだったの~。じゃあ、紹介するわね。この子、私の教え子で、妹尾 圭くん。圭くん、こちら、私がお世話になってる、お隣さんの戸部佳也子さん、お膝の上のヒヨコさんは、想太君」

 圭が、佳也子と想太に笑顔を向ける。

「初めまして」

「初めまして」

「ぴよぴよ」

 3人の声が重なる。笑顔を交わし合った次の瞬間、佳也子はハッとする。

 え?ちょっと待って。

 妹尾 圭。

 ……知ってる!


 その名前は確かに聞いたことがある。

 佳也子は、ほとんど、芸能人のことは知らないし、グループで活動している人となると、名前と顔はなかなか一致しない。でも、顔と一致しなくても、名前ぐらいは耳にする。

「圭くんは、HSTというグループのメンバーなのよね」

 英子が、言う。

「え、HSTって、あのアイドルグループの?!確か、8人組の……。はあ。どうりで、どこかで見たことある顔だなぁて……いや、でもまさか、こんなところで、お会いするとは夢にも思わなくて……」

 佳也子は、驚きの声をあげる。

「そうなのよね。この子、あまり気にせずに堂々とうろうろしてるもんだから、逆に、周りも本物と思わずに、よく似てますね、なんて言われたりしてね」

 英子が笑いながら言う。

「ていうか、僕の知名度があまり高くないだけかも」

 圭が笑う。

「お兄ちゃん、ゆうめいな人なの?」

 想太が、膝の上で、目をくりくりさせている。

「ん~、どうかな。だけど、ドラマにでたり、テレビで歌ったりするかな」

「そーか! かっこいいね! こんど、テレビ出るとき、おしえてね。ぜったいみるからね」

「おっけー」

 いつのまにか、ヒヨコがぬけ落ちたらしい、想太と圭がゆびきりをしている。

「私にも、教えてよ」

 英子が言う。

「テレくさいからって、はじめのうちは、なかなか教えてくれなかったこともあるの」

 後半の方は、佳也子に向かって英子が笑う。

「もちろん。今は、むしろ見て見て、って思ってるから。なんとかがんばってるとこ見てほしいし」

「そうよね……ほんとに、圭くんよくがんばってきたわよね。それで、こんなに素敵になって……」

 英子が、温かな笑顔を圭に向ける。

 ほほ笑み返す圭の目が、ふと、佳也子の手元のプリンの入った袋に止まる。圭の視線をたどっていた想太が、言う。

「かあちゃん、プリン!」

「あ、そうだ、プリンプリン。食べましょう! ここの、とっても美味しいんです。しかも、今日は、お買い得デーで、1こ150円が、なんと」

「100円!」

 想太が横からすかさず言う。

『100円』は、想太の大好きなワードの一つだ。

「おお。それは、お得!」 

 圭と英子が笑う。

 佳也子は、袋から出したプリンとスプーンを、みんなに配って、自分も、想太の隣に座る。……といっても、想太は、まだ圭の膝の上だけど。

「すみません。ちゃっかりひざの上に」

「ぜんぜん大丈夫ですよ~ねえ。ぴよ?」

 圭は、想太の頭をなでながら、想太の顔をのぞきこんで笑う。

「ぴよぴよ」

 まだ、2人ともちょっぴり、ヒヨコが残っていたらしい。

「この、しっかりしたかためのがいいのよ」 英子が力説する。

「スプーンですくったとき、ちゃんと形があるのがいいの」

「うん。プリンそのものも美味しいけど、カラメルの味、絶妙。いいね」

 圭の顔もほころぶ。

「ぴよぴよ」

 どうやら、ヒヨコも同意しているらしい。圭の膝の上で、スプーンをくわえている。佳也子もプリンの程よい甘さと、カラメルの香ばしいほろ苦さを味わう。

なごやかな笑顔と美味しいね、という声が交差する時間。

こんな穏やかな時間が、佳也子には、何より嬉しい。

 英子さんがゆったりと笑っていること。想太がこんなに嬉しそうに笑っていること。佳也子自身も、くつろいでこんなふうにほほ笑んでいられること。

 それが難しかったときもあったから、今のこの時間が愛おしい。


「ぴよ!」

「ぴよ!」

 お互い顔を見合わせて、ヒヨコたちは、どうやら、『おいしいね!』と言い合っているらしい。

 ヒヨコ語の通じる相手に会えて、想太は饒舌だ。

 ひとくち、口に入れるたびに、2人はぴよぴよ言い合っている。

 よかったね。想太。

 佳也子もなんだか胸の奥がホカホカする。


 英子といると、いつも温かくてホッとする気持ちになるけれど、今日、会ったばかりの圭も、どことなく英子さんや、そのご主人だった伸太郎のもつ雰囲気と重なるところがある。

 どこか気の抜けたような、普段着の笑顔。少し高めの、柔らかな声で、のんびり話していたかと思えば、よく動く表情で声をあげて笑う。

 ほんとなら、テレビの中の人のはずだけど。

 こうして、一緒に笑いあっていると、まるで、ずっと前からの知り合いのような。今日、初めてあった人だけど、気を遣うことも、気を張ることもなく、一緒にいられるのが不思議だ。

(きっと英子さんの魔法やな)


 最後に1個残ったプリンは、想太の提案で、ヒヨコたち2人で、半分こすることになった。

 さっき、何やら、ぴよぴよと話し込んでいたのは、その相談だったらしい。

 英子が、おかしそうに目を細めて笑っている。

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