可視の条件 ②

「まず整理しよう。僕と巴君は数歩遅れているようだしな。

 つまり二人は、藤原先生が容疑者たりえんとする証拠はあるにも関わらず、通報も何も行動しないというわけだ。捕まえることがこの事件の終わり方じゃないと、二人はそう言うんだね?」

「惜しいわ。頭から違うわね」

「……? それじゃ全く惜しくないじゃないか。ややこしいわ!! 希望を持たせようなんて配慮はいらないよ」

「そう? じゃあ、全く見当違いの回答よ。もしかしなくても才能ないんじゃない?」


 凛はそう極端すぎる回答で谷内を沈めた。容赦ないというより、鋭い谷内への当てつけというか、その割に本心を見抜けない固い頭をバカにしたような言葉である。

 谷内は空虚な目で「ははは」なんて空笑い。吸血鬼という異質は思考を鈍らせる毒として、今も谷内の常識を外に出さないために機能しているらしい。


「谷内、最初の答えは合ってるからな……。落ち込むことは無いよ。凛もあんまりいじめてやるなっての」

「はいはい」

 返事は軽く、それでも納得はしてくれているよう。追撃の口撃が谷内を襲うことは無かった。

「──さて話を戻そう。

 谷内が言った証拠云々というのはその通りだ。しかし目に見える形ではなく、あるのは目撃したという証言のみなんだよ、今の所ね。だから私と凛にとって、藤原先生が犯人だっていう確信は、現時点だと他の人に証明できる類じゃない。」

「あー、なるほど。だから通報とかそういうことをしないって……。そうだよね、サキちゃんは確か、現場を見たんだったね」

「そうだ。というより、できない、ってのが正しいかこの場合」


 証拠なき確信。

 言われてみれば証明不可能だというに、私だってどうして先生が犯人だと確信できるのか不思議なものである。

 『今日の夢』で見た姿は数多に分かれる不明の姿。その一つに確かに藤原先生はいたことを覚えてはいるが……。それに、私の確信の理由というのは目撃したという事実ではなく、超能力を知る、自称犯人の姉であるらしい伊化左先輩の言葉だけ。


「でも……顔が無いって、というよりいろんな人に顔が似てるって言わなかった? なら、藤原の顔だってそのうちの一つかもしれないんじゃない?」


 予想通りの疑問を巴は口にする。

「だとしてもだ。そして、だからこそ目撃した事実から深める必要があるんだ。直接がだめなら、もう一度遠回りして証拠を見つけるほかは無いってことさ」


「じゃあ頼んだよ。出来るだけ詳しく、目撃者自身の話を聞いてきてくれな」


 ────────────

「何だか、話がおかしな方向に転がっているわね。今更目撃者、と……。  

 鏡と吸血鬼、人格の分離がやるべきことだけれど……二人にはアレで良いの、本当に? 意味のない仕事を頼んでいるように思えるわよ私」 


 教室へと変える二人を見送って。

 しんと。静寂の訪れた二人きりの美術室の中、凛はそう話した。


「探偵が解くべき謎は吸血鬼の正体だったはずが、今は精神科のお医者さんみたい。いっそ丸投げした方が丸く上手く事件は収まるんじゃないかしら。どう? 紗希」

「は、いーやどうだか。頼まれて引き受けた以上、最後までやり遂げるのがプロってもんだ。例えそうじゃなかったとしても、責任を忘れるのは人として間違っていると思うし」

「人として、ね。紗希自身ではなく、人のくくりで自分を語るのね。でも理想が高いと疲れるわよ、実際……」

「な、もう。私の話はいいんだよ。それに今更っていうけどな、意味のない行動を今更とらせるような無能じゃあないんだ。最終的には全部繋がるよう、私だって計算しているさ」

「へえ、教えてよ。紗希」


 ニコニコと、待ってましたと言わんばかりの凛。


「自制欠落とか言われてたけど、何となく分かったぞ、凛。

 ……えっと、な。解決法というのは大は小を兼ねるという話。そもそも吸血鬼の人格を切り分けるのは医者だって無理だろ? だから先輩は能力に理解のある私に頼んだんだろうが、医者ができないことが探偵にできるなんてそんな話は無い……もしそれを期待されていたのなら残念だけどさ。

 ただ、無理だからと言って不可能だってのも違う。代案はちゃんと考えた」

「代案!? いいわ、急に頭のよさそうな会話になる予感がするわ。

 実をいうとさっきまで退屈だったのは内緒よ、紗希。」


「凛も急に自制欠落に拍車をかけるじゃないか……。

 ──いいか、まず目撃者が見た人間の共通点に注目するのが普通の話だ、だろ?」

「ええ、それはそうね。通常そこから一致した証言をもとに犯人を割り出すものよね。もっとも、あらゆる顔を持つ人間にそれは不可能でしょうけど」

「だが目撃しなかった人間がいたのは何故か。それこそが、私たちが吸血鬼という特異性に目を奪われて見落としていたことだよ」

「見落としていたこと?」

「ああ」


 ───それを知ったのは、内緒で先輩にこっそりと電話をしたついさっきのこと。忘れていた事実を思い出させたその話は、早く聞いておけばよかったという後悔が湧き上がる大事なものであった。


{『切り裂きジャックは話題になっていない。君はきっと、ここに疑問を抱いたことだろう。実をいうと私の手回しの甲斐あっての事だが、それ以上に鏡の特異性によるものが大きいんだ』

『特異性……ですか。吸血鬼とは違うものでしょうか?』

『そうだ。本来の超能力、あらゆる顔を持つという鏡の力。それというのは見る側によって顔が違うのだよ。

 だが、中にはその顔すら見ることのできない者もいる。まるで透明人間のようにね』

『……話題にならないというのはつまり、目の前で起きたはずの事件を、目撃できていない人もいる。───そうか、アレは無関心じゃなくて、そもそも見えていなかったのか』

『理解が早いね。そう、そういうことだ。

 そして付け加えておくと、見える人間には一つ条件がある。鏡の顔はあらゆるあるが、それというのは究極に似ているに過ぎないのだ。そして、似ているというのは比較するべき対象がいなければ成立しない。……だから顔を見れるのは、それは───』}


「……ああ。なるほどね、だから谷内君に……。甘いし、変に公平なのね、紗希」

 呆れ顔の凛はそう言って薄開いた眼をこちらに向けた。

 谷内が目撃者の一人となったということは、彼は伊化左鏡を知っている人間であるということだ。加えて伊化左令と似ているという証言は、限りなく彼が答えに近いということも意味する。

 それは超能力のない自らの力だけの真の実力であり、報酬には真実がふさわしいだろうという私なりの気遣いである。


「いいだろ別に、チャンスは与えられるべきだ。自分で気が付くことができれば、私の超能力のことが明るみになったって、それは仕方がない事だって受け入れられるさ。

 だって本当にそうなったら……凄いじゃん、ねぇ?」

「いえ、私も巻き添えなんだけど……?」

「はは。いつかは返ってくるものだよ、凛。


 因果応報。自業自得。

 行いがいつか自らに返ってくるのは避けようのない事だと、私はそう言った。いい意味でも悪い意味でもすべては繋がって回っている、と。


「───それは、伊化左鏡も?」

「かもね……」

 吸血鬼としての行動もまた、伊化左鏡にも返ってくる。

 仕方ないではない。それは当たり前のことなのだ。

「消し去ることができないのなら、でも霞んで見えなくさせようとしても、それでもまたいつか、ふとした瞬間に思い出してしまうだろうし。伊化左先輩と凛がそうしたようにさ」

「ふふ、当たり。催眠術が万能じゃないのは経験済みでしょ?」

 じゃあどうするの、と。凛は答えを急いてくる。

「どうって、そりゃあ根本の解決だろ。自分がこの世にどうあるかを、理解できるようになればいい。そのために伊化左鏡を知る必要があるんだからな」

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