愛しい君へ、せめて恨みを忘れぬよう ②
「──さあ、どうぞ。入ってくれ」
放送室前。
連れられるがままにして辿り着いた場所は、私達の教室と同じフロア、職員室真横の放送室であった。
目の前、まずは放送準備室としての部屋が広がり、更に進んだ先には放送室。そしてちょうど右隣、そこにあるドアを開ければ職員室へと直接繋がっている。
「……ここ、勝手に使っていいんですか」
話すには最適な静かな場所とは放送準備室のことであり、出入り口を閉められる密室。誰の目と耳を気にすることなく話せる空間だ。
しかしいくら生徒会長といえど、無断で部屋を使うような権限を持っているわけがないし、放送委員会の長というもっともらしい理由を用意できる立場でもない。勝手な使用は管理責任者の教師に見つかれば追い出されるだろうに、だというのに職員室すぐ近くを選んだというのは実に挑発的な話である。
そんな不安を短く織り交ぜおずおず、私は聞いてみた。
「問題ない。私は生徒会のトップだが、同時にすべての委員会の長を兼任している。故に私はこの学校で、権限の面で言えば申し分ない立場にあるのだ。
このように静かな部屋を用意する位など、私にかかれば造作もない」
「……はい?」
ひょんな不安からきた質問から思わぬ言葉が出てきた。
曰くこの学校は、言うなれば伊化左先輩の独裁であると。
一応、義務となっている委員会の所属という決まりから、図書委員のメンバーに名を連ねる私。集まる機会が忌々しいことに数回でもあるために、委員長の顔と名前くらいは憶えているのだが、伊化左なる人物の名も顔も、その委員会の集まりでは見かけたことはない。
委員長の素性。これはうる覚えだが──小林とかいう先輩は、確か眼鏡に小柄な文系男子、所属の部活は文芸部と見せかけた水泳部であったはずである。
「あはは、えと。それって冗談……ですよね?」
「いや、冗談ではない。君の知る彼らは名前だけだ。実際の仕事はすべて私一人が行っている。仕事をしない人間に権力の一つ委ねられることは、少なくともこの学校では無いからね。私の目が黒い内は」
「私からも言っておくと、マジよ紗希。大真面目に学校の運営について考えているのは、生徒の中ではこの女だけね」
「分かっているじゃないか。ならば敬いたまえよ、後輩」
功績を認めたのであれば、じゃあそれに対する態度があるだろう? と。ふざけたようにそう言った伊化左先輩は、どうも隣の凛にだけに言葉を向けていた。
──隙あれば刺す、斬る。フェンシングだか剣道の試合でもしてるのか。
「ふふ、嘘つきだこと。年相応のいい加減さを失って、つまらない責任人間になったのね、先輩? つまらなくても、昔の方がもっと冴えていたわよ」
「ほう?」
「だって、ねぇ? 代わりに得た権力は、実の所学校のためじゃないんでしょうに……」
私にはそれが、どんな意味を持つ言葉であるのかを理解はできなかった。正直に、言葉通りに捉えるのならば、先輩は学校のために自らの仕事、おまけにそれ以上の仕事をしているのでは無い、ということだ。つまり純粋な思いではないという。
けれど、別にそれはいいじゃないかとも思える話。成績のためだとか、打算的であろうと人一倍の働きをしているのだから、見合う報酬があったってそれに文句を言う資格は誰にだってないだろう。
ただ、それがどう……このように、先輩が押し黙る程の効果をもたらす作用をしたのか、今の事を踏まえるとどうにも皆目見当もつかない。
「あー、凛? 先輩?」
確実にどちらか一方を完膚なきまでに沈めなければならない、という使命感。根の深い確執が二人の間にあることは、一旦は止み、しかし再び繰り広げられたこの触れれば火傷する……いや、勢いを競い合う火そのものの二人に熱された空気が肌で感じられる。
まるで砂漠。じりじりとした雰囲気に気圧されながらも、けれど放置していてどうにかなるものでもないので、仕掛けるタイミングはここだろうと水をかけに間に入った。
「ええー、えと……。まずですね、私たちが呼ばれた理由というのをお尋ねしてもよろしいでしょうか、伊化左先輩?」
「あら、決まってるじゃない紗希。先輩は妹の話をしに来たのよ」
と、こちらの思惑を真っ向から破壊する地雷をぽつりと凛は口にする。
そうよね、と。贅沢にも嫌味言うための材料として使われてしまった私の言葉は、その返答として警戒の視線が先輩から返ってきた。
……だが、妹? 妹の話をしに来たのではない。初対面でも家族構成を把握しているのは、そんな変態、どこぞの佐伯という探偵だけだ。
「ん。……妹? 家入さん、君は──」
「伊化左令。そろそろ本題に移ってもいいんじゃない?
あなたの、巻き込みたくないなんて理由は私には理解しがたいけれど……、それでも思うところだけは共通しているのだから、今はお互い協力する時でしょう?」
「……それをお前に言われるとはね。突っかかったのもお前だというに、赤崎。
不公平にも隠し事をしたまま話を進めるつもりだとでも思っていたのか? 残念だが冴えていない身でね、君のように上手にいけるほど器用でもないんだ」
「減らず口。素直に分かったとだけ言えばいいのに……。
じゃあ紗希、あなたから話してあげて。きっとお互い、また変に時間を使ってしまうだろうから」
「同感だ。二人を呼びつけた身だが、恥ずかしいことに我慢できる自信は無い。
すまないがお願いするよ、家入さん」
──さて。
ここにきて、どうやら話が随分飛んでいるらしいことに気が付いた。それも、私だけが取り残されている。
……だが、これはもうそうするしかない。進むしかない。
知ったかぶりして話すのが、今まさに丸く収まったであろう状況をこじらせずに済む方法だと悟った。
私は──薄氷の上を歩いてみることにした。
「……そ、そうですか。でしたら話が早いに越したことはありませんね。私も隠すのを止めます。
あなたの事は、今日になって初めて知ったわけではありません。もちろんそれは、生徒会長であるために、ということ以外の理由で、です。
藤原先生の一件で、伊化左先輩、あなたの名前を知りました」
「ふむ……。それで?」
「昨日の事です。藤原先生は放課後、渡井巴の補習に付き合っていました。いえ、補習をするよう指示したのは藤原先生ですが、ある時まではそうやって面倒を見ていたのですよ。あなたはご存じでしょうがね」
「ああ、もちろん知っていたよ。それで、ある時とは?」
「電話ですよ、先輩。あなたからの電話です。
それがかかってきてから、藤原先生は血相を変えて飛び出していったのです」
言い終え、二人の反応に思わず安堵のため息が漏れる。
満足そうにうんうんと腕組みをする凛は、前にも見たが誰目線か。先輩は目を閉じて同じような……全く同じように、感心したとばかりに誰目線の反応をして見せた。
そうして先輩は十分に言葉を嚙み締めた後、眼を開けて、すらりと話し始める。
「改めて聞くと、実に面白いじゃないか。『今日の夢』ではそんなことまで分かるのだね。ならば確かに、お互い隠しているのも時間の無駄、というわけだ。
……といっても、元から私はすべて明かすつもりで、君たち二人を呼んだのだがね」
赤崎のせいでお互い張り合ってしまったよ、と。先輩はそう笑った。
「そう。君たちの言う通り、藤原先生……藤原鏡は私の妹だ。
そして呼んだ理由は他でもない。公にできないからこそ、同じように超能力を持つ人間だけにしか頼めないことがあるからだ。
君達で言うレディ・ジェーン。吸血鬼となった私の妹を、どうか二人に助けて欲しい」
話はいつの間にか私を置きざりに、気が付けばとんでもない場所に。
『今日の夢』はとうに昔に、この伊化左先輩に知られていたらしい。
吸血鬼ですら手に余るにというに……私は、自らの理解が事件のほんの末端であったらしいことに気が付いた。
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