愛しい君へ、せめて恨みを忘れぬよう

「──てなわけで、じゃあ二人一組で今後は動いていくことにしようか」

「いやいやいや!! 待って待って……え、本気で言ってる? 僕が谷内と一緒に事件を調べるの?」

「そう。不満?」

「不満も不満だ!! 近くで谷内の頭の良さを見せつけられたら、僕がますます下に見えるじゃあないか!」

 巴はそんな卑屈な理由から、谷内との調査を拒否した。

 

 約束通り、吸血鬼のことから多くの顔を持つ犯人について、そしてそれをレディ・ジェーンと呼んでいることまで、一から十全部を谷内に説明した私。暴力行為を思い出せば、二人のどちらからか反対意見の一つはあるだろうと覚悟していたが、それは巴のみであった。

 谷内も谷内で、説明してるときにはうんともすんとも言わぬ始末。頭がパンクしたのかと思ったが、むしろ諦めからくすべての受け入れであったらしい。それは昨日に続いて驚きが重なったためか、それでも多少面食らった程度の反応だけで谷内は済まし、素直に「そういうこともあるのか……」と。驚くべきスポンジ脳。

 凛はそんな谷内が加わることに関してはこれといった反対もせず、よろしくね、と歓迎の様子を見せていた。(面白がって)

 そんな中で、巴の反対の意向。

 理由は頑なに話そうとせず、駄々をこねる子供のように、嫌だからいやだ、と繰り返した巴。だが本心を明かした今となっては、まさにそれは駄々であることが証明されたので、もうすこし格好のつく理由を用意できなかったのかと、思わず呆れてしまう。

 ただ無情にも、わがままはしかし無意味。決定事項にそもそも反対意見を受け付けなかった私は、二人一組で分かれると残酷にも即座に伝え、そして今に至る。


「うるさいうるさい。もう決めたことだ。これ以上被害者をださないためにも、明確な役割分担はいい加減必要なんだ。

 いいか、期限は次の火曜日まで。それまでに効率的に調査をして、犯人をとっ捕まえるんだよ」

「で、でも。いくらなんでも強引すぎるって、サキちゃん。こういうのは事前に了承を取ってからって──」

「おい、お前が言うな。私の了承なしに拡散しやがったのは、一体どこの巴だった?」

「あ、う……」

「とにかくそういうことだ。安心しろ、昨日ので目星は大体つかんだからな。やみくもに調べろとか、そういうことを言うつもりはない。

 ──いいか、巴と谷内には藤原先生のことを任せる。休日含め、二人には先生の動向を監視してほしい。くれぐれもバレない様にな、頼んだぞ」

「藤原先生……? まあそれはいいんだが、家入、先生の容疑は晴れたんじゃなかったか? 昨日一緒に行って、違うって、そう分かったハズだが……」

 谷内は不思議とばかりそう話す。

 それは素直に帰った人にとってあたりまえの反応で、あの後何があったのかを知ることのできない人間の仕方のないこと。

 

「ああ、確かにな。補習のことも巴に一応確認したが、伊野先生が代わりをしてくれたそうだ。だよな? 巴」

「うん、僕あの先生嫌い」

 その一言で、よほどの辛い目にあったことを窺える。

 淀みなくそう言ってのけた様子からも分かるが、相当の厳しさでもって補習は行われたのだろう。

 ……巴のいつものことだが、宿題をしていればそんな目には合わなかった話なワケである。自業自得という言葉が後ろについているということを巴は忘れていた。

「まあ、好き嫌いは置いておいて……。伊野先生に頼んだ経緯が気になるんだよ。昨日の放課後、藤原先生は電話がきてからそれまでと違って、急に血相を変えて早退したそうだ。私と谷内が吸血鬼の居所に向かった時間に、ちょうどこの出来事だ。怪しくないとは言えないだろう?

 ……それで、だ。問題はこの電話の相手って言うのが──」


「失礼。そこの二人、少しいいかな?」

 ──不意に、教室の扉が開けられた。

 休み時間のため、教室には多くの生徒が思い思いに過ごしている時であり、一斉にその視線が前方の扉に向けられた。

 立っていたのは見知らぬ女子生徒。短く切られた活発な印象を覚える髪形で、口調は礼儀正しい丁寧なもの。

 ただし白いマスクをしているためにその顔は目元しか見えず、もしかしたら知っているかもしれないが、少なくともその目元からは私の知り合いだという覚えはない。──だというのに目線の先、呼ばれているのが自分と赤崎であるというのは位置からしても間違いのない事であった。

 

「……伊化左先輩」

 と、横でそうぽつりと口にした谷内。

 え、そうなの? と、私は耳に聞こえ、昨日聞いたことのある名前を谷内に聞こうとしたが、しかし私の答える前に赤崎がさっさと立ち上がってしまった。

 仕方なしと。私は確かめる余裕なく、人待つ廊下へ向かうことに。先を行った、凛の後を追う以外の選択肢が無くなってしまった。


「──ああ、来てくれてありがとう。こんにちは、家入さん。私は生徒会長の伊化左令いばされい

 ……そして念のため、久しぶりと言っておこうか。赤崎」

 凛の方が先にいたはずが、挨拶は私が先であった。

 おまけに凛へのそれはとってつけたようなもので、

「凛、知り合いだったのか?」

「さあ、どうだったかしらね。伊化左の家は、できれば今すぐに滅んでほしい所だったわ。

 でも本当に久しぶりに見たけれど、──なんておぞましい。血を絶やしてさっさと死ねばいいのに。生きしぶといゴキブリみたいね」

「……は、い?」

 知り合いという情報から、開口一番「滅んでほしい」との言葉。

 探偵が抱いた和やかな会話の予想はものの見事に大外れした。

「ほう、まだ責任を押し付けるのか。君も諸共灰になっていれば良かったと、いま改めてそう思い直したよ、赤崎凛。

 自制欠落者め、気に食わぬのならば祖父の形見を私によこせばいいものを。? 赤崎」

「っ、お前……!!」

 しかし言われた先輩の方も、負けず劣らずの返答をしてみせる。

 多分この瞬間ただ横を通り過ぎる生徒も、理由は分からなくても、気温が5度くらいガタンと冷え込んだと肌で感じたんじゃあないだろうか。つまり悪寒という類の。


「ちょいちょいちょい。何、どうしたの? 会うなりいきなり喧嘩? 何があったかは知らないけれど、目の当たりにする私の身にもなってくれよ。

 いやまあ、事情も知らない私が仲良くしろとは言わないが、せめて喧嘩はだけは止めておくれな?」

 にらみ合い今にも取っ組み合いの始まりそうな二人に、その間に割って入る。

 お互い一歩踏み込み、それ以上近づくことはなかったが、険悪な雰囲気はきっと私が止めなければ、人の行きかう、生徒の目のあるこの廊下で、評判も肩書もすべて無為に帰す殴り合いが始まっていたことだろう。

 人の目など知ったことか。そういう空気があったと、二人の熱く燃えるようで、底知れぬ冷たさを持ったその双眸から感じられた。


「……いや。すまない、熱くなり過ぎた。あのことは君の前で言っていいことではなかったな。冷静を欠いた発言、許してくれ」

 言葉を素直に受け入れたらしい生徒会長、伊化左先輩。先輩はそう言って、静かに頭を下げた。

 それは、どうにもぎこちない動作。きつく締まった蛇口がすんなり回ってくれないように、ゆっくりゆっくりと動いて見せる。しかし決して、謝意が無いと思わせるものではなかった。

 ……ただ、まるで『謝る』という行為に慣れていないような。言うなれば、『謝る』という行為を恐る恐る確かめるような、そんな印象を覚える仕草であった。

「……いえ。つい私も、名前を聞いたら我慢できなくて……。すいません。

 ──でも、伊化左は……。あいつへの恨みは……本当だから、」

 反対に、凛は未だふつふつとした怒りを隠しきれず、残り火のようにじんわりと熱を露出させる。

 その様子に思わず、大人になれと──。けれどそう諫める、咎めるより前に、聞かずにはいられない疑問がふと記憶の中から浮かび上がった。


「──急に、申し訳ないのですが……凛。ちょっと」

 言って、手招きして教室に入り、こそこそと耳打ちで話しかける。

「今、形見の話をしてただろ?」

「え? そうね、それがどうしたの?」

「いやさ、それだと私の記憶違いなのかもしれないけど……。凛、前に見つけたあのペンの事、形見って言わなかったか。忘れないために大事なものだってさ。

 でも、それで恨みってのはどういうことだ?」

「ああそれ」

 また、冷えた眼。

 それは伊化左という名に対し向けられていると、繰り返してきてそう分かる。

 そして凛は、吐き捨てるように言った。

「言葉通りよ。私は忘れないためにあのペンを持ってるの。私の祖父、伊化左牢の形見をね。

 私があの男に抱いた復讐心、果てのない恨みを忘れないために。

 ……ええ。せめて私だけでもずっと覚えていられるように、ね」



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