レディ・ジェーンの目撃者
「……吸血鬼、か。うーん、それはまた突飛な話が出たねぇ。超能力の次は怪物って……。サキちゃんはそういう人を呼び寄せる体質でもあるのかなぁ?」
「確かにそうね。本当面し──。とても興味深いわね、紗希」
昨夜の『今日の夢』の出来事をはじめから最後まで。
私の話を聞いた二人は、驚いたはものの反論もなく、「そう言うのならそうかもしれない」と、素直に受容した様子だった。
「嘘みたいだけど、言われれば確かに写真の事には決着がつくね。ほら、吸血鬼って鏡に映らないって言うじゃない? なら今までずっと顔がカメラに映っていないってのも納得だよ」
「ああ。ただ、私は別に吸血鬼狩り《ヴァンパイアハンター》なんかじゃあないから、実際の所、確信をもってそうだとは言えないけれどね。
だがま……、血をすすっていたのも事実だし、昨日みたいな気温の日にウチの制服だ。全身黒衣は陽を避けるためだったと考えると、正体に関してはわりかし妥当な線を言っていると思うぜ」
朝のチャイムはもうすぐ。
時間も時間だと、一先ず話すべきことの終わった3人は解散へ。
──しかし、聞き捨てならなかった一言が私の頭に残っていた。
それはうっかり。凛のちょいちょい本音が漏れる癖は、巴の秘密保持能力のあまりの低さを思い出せるのだ。掻き立てられる不安というか、いつか何か要らぬことを言うのではないかと、割とマジでひやひやなわけである。
……ここはひとつ、改めてそのあたり心してもらうべきか。
「あの。なあ……さ、言うまでもないけど、この話が他言無用だっての忘れてないよな、二人?」
言って、揃ってきょとんとした顔をした時にはもう駄目だと思った。
がしかし。絶望も数秒足らず、凛は口を開いた。
「目立ちたくないって?」
凛はすい、と首を傾げ、薄開いた眼をこちらに向けた。
「そ、そう!! 今更かもしれないけど、ほら、初心は大切にすべきだろ?」
「ふふ。それを私に聞くの? いい加減楽になりなさいって。お父さんと同じ轍を踏みたくないのでしょうけど、どうせ隠しきれる自信なんかないんでしょう」
「そうだよ、無いから言ってるんだ。私の口からは出ないだけで、二人の口が同じように固いとは限らないからね。特に巴」
「むー、信用されてないなーもう」
不満だと抗議する巴は、自らの前科をすっかり忘れ去っている。
「え。な、何だようその目。心配しなくてもだいじょーぶだって」
「その『だいじょーぶ』が信用ならないんだっての。
巴、前に凛にすぐ話したこと忘れてるんじゃないでしょうね?」
「う。……はい、そうでした。浮かれて出ちゃった失言……。
──あ。で、でもね。今回は探偵の助手として、僕もすでに手を打ってあるんだ!! こうやって今みたいに、サキちゃんが心配しなくてもいいようにね」
「……手を」
「打ってある」
私と凛の胸中は同じ。
底知れぬ不安の一言は、一番使うべきでない人が使ってしまった。
報連相はどうしたのか。事をすでに済ましてあると、巴は言ったのだ。
──残酷にも、その人は雄弁に語る。矢が突き刺さり炎立ち上がる混乱の戦場に、再び矢の雨を降らせるのだ。
「逆転の発想……。名付けて発想の勝利作戦、さ。つまり知っていればバレることは無いという天才的な思いつきってこと。あー素晴らしか!!
いやー良い人たちでよかったよーー。みんな誰にも言わないって約束してくれたし。──あ、それにね、クラスのみんなは僕よりもうんと口の固い人間金庫なんだよ、いくらゆすっても動じないの。びっくりするよね? 金庫だよ金庫、すごくない? これでますます安心だよね。
だからもう鉄壁ってね!! 僕のおかげでサキちゃんも、これからは安心して探偵の仕事に励めるってわけさ」
「…………」
「…………」
絶句。
えへんと胸を張る巴、この男すでにやらかしている。
顔面蒼白の新境地。唖然とする、を通り越して呆れる、すらも通り越し……今私はどんな感情にいるんだ? これ。
不思議。私をこんな気持ちにさせてくれるなんて──ああ、そうか。あなたが神でしたか。
「……そうね。もしかしなくても、口を縫い付けるくらいはした方がいいのかもね、これ」
さすがに同情か、あるいは純粋に巴の口の軽さに引いてしまったのか。
凛の浮かれた口ぶりはすんと、落ち着いた冷静なものへと変わった。真面目に取り合う気はちゃんとあったのだと、凛は態度で示した。
……反面、巴はいつも通り。
ほとほと困り果てる。勘の良さはこういう時にこそ働いてほしいものだが、凛の態度のうえでなお、巴は変わりない。
「口を縫い付ける? あはは、サキちゃんにそんな器用なことできない、て──っうおー!! どこから出したそのガムテープ」
「そうよ紗希。鼻ごとよ、ぐぐっと念入りに、隙間が無いようしっかり止めるの。
ええ、きっと噂の流行もそれで確実に止まるから。止まってくれるはずだから」
「凛さん……? いやそれ僕の息の根も止まるんですけど?!」
──────────────
陽は暮れ、放課後。
グラウンドの野球部の掛け声、校舎の吹奏楽の演奏を背中に、人の群れの中へと歩き出す。
──と、遠くに……門の前、一人の男子生徒が立っているのが見えた。
それは人を待っていたようで、目当ての人間の到来を今か今かと待ち望み、そわそわと落ち着きのない様子を見せている。
ぽつんと一人。私にとって見覚えのある顔、ある意味忘れられないその人は、世間話をするにしては……少し、都合の悪いことが色々あるのを思い出せた。
なので……待ち人が私ではないことを祈りつつ、何食わぬ顔ですい、と門をくぐった。──ところで、肩に手が。
「……家入、ちょっといいか?」
「あ。た、谷内」
そこにいたのは谷内仁。
暴力行為からしばしの謹慎を食らった人にして、真相にあと少しで届いた人。
私は軽い調子で、やあきていたのかと、そう声をかけると、挨拶は要らないとばかりに首を振った。
そしてすぐさま用件を話す。
「事件のことだ、歩きながら話そう」
断るにも断れない。
仕方なしと、私は門の先を左に曲がり、誘われるがままその後ろをついて行った。
「──まあ、まず。思うことは色々ある。だがそれはそれ、これはこれだ。殴ったことは本当に反省してるし、言われればいくらでも謝罪も償いもする。
けれど俺が見た光景は事実だ。それは揺るがないし、ともすれば俺にも真相を知る権利はあるはずだ。それに、赤崎が生きているのなら事件の犯人は家入ではなかったんだろう? 今更動画と写真をバラまくような真似はしない。せめて、何があったのかだけでも教えてくれ」
単純な疑問解決のために、彼はここに私に会いに来たといった。
放課後にこうして待っていたのは、谷内が私を殴ったことがすでに噂で出回っている以上、至極当たり前のことで、それは遠回りしてでも話したいほど切実に事実が知りたいという思いの表れでもある。
──だが。
「……悪いけど、言えないな」
都合が悪いというのはまさに、この質問のことである。
どう説明するにしても、どうあがいても超能力の事は避けられない。前に巴を言いくるめたような曖昧な答えは通らないので、どうか探究心は今日くらい控えめにしていただきたい。
「それは、どうして?」
「言って、谷内が納得できる話じゃないからだ。それを私が決めてるってのは腹の立つ話だろうが、……その、収めてくれると私としてもありがたい」
食いつく谷内は、道理の通った質問を不合理に返されたことにやはり納得はできないと、顔に書いてある。
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
静かに、強く訴える目つきは、ぴんととした緊張の糸を張った。
目を逸らすことができないのは、私が谷内に少し罪悪感を覚えているからで、逸らさないのはそれが今できるせめてもの真摯である。
凛と私との間でのみ理解した妥協とは、それ以外の被害者にすべてを隠すことを意味し、特に谷内なんて、あの事件のせいで謹慎を食らったと言っても過言ではないため、文句くらいは言いたいはずだ。
けれどそれでも、言わない。
それは別に、『事件のせいで殴ったのは事実だとしても、殴る行為を選択したのは谷内だから』という私の私怨からくる意地悪ではなく、丸く収まった現状を守りたいという私のわがままだ。
解決したのなら、報酬はこの生活だ、と。私の、それだけの理由である。
じ、と。止まった時は、不意に動き出す。
──ふ、と谷内は笑うと、緊張の糸というのは、それで消えてなくなった。
「……いいんだ。俺の立ち入れない領域だってことは薄々気が付いていた」
深いため息をつき、谷内はひどく残念そうにそう言った。
「そう。才能ある特別。俺はそういう、選ばれた人間じゃ無かったってだけだ。
悪い、無理を言ってすまなかった」
「い、いや、謝らないでくれ。それに……」
「そうか──。すまないついでに、一つ聞いてもいいか?」
「は? え、あ、どうした?」
さっきまでの落胆から瞬きの切り替え、ケロリとした表情は本当に落胆していたのかどうなのかさえ怪しく見えてきた。
……凛もそうだが、私の周囲の人間はメンタルがどうかしてるとしか思えない奴ら多すぎないか?
「良かった。昨日、隣町で起きた事件知ってるか? 切り裂きジャックの」
「……な。おい、まさかとは思うんだが……」
「察しが早くて助かる。タイムリーでタイミングもいいだろ? 今日の朝、その話をしてたんだろうしな。
まあつまり俺もそれに加えて欲しいってのが、代わり家入に要求することだよ」
言うだけ言って、すたすた先を歩きだす。
こっちの了承はすでに決まったものとしてのそれ。反論の隙をまるでよこさない谷内はさっさと歩いて行ってしまう。
「──って、おい!! どこ行くんだ、」
「決まってる。切り裂きジャックがいる場所さ、住んでる場所ともいう」
「ま、はぁ?!」
「……あ、そうそう。ちなみに言うと、俺は全然懲りちゃいないぜ」
言ってまた、置いていくぞという感じで、あれよあれよ、先へ先へと……。
──どうやら、今度は私が彼の後を追う番になったようだ。
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