不揃いな足取り ②


「その犯人というのが、昼間でも動けるタイプの、新時代の幽霊というトンデモならまだよかった方さ。当たり前だが、そんなものないと分かっているからね。おかしな話も、何もかもが見間違いで話は終わりの不幸な通り魔事件、ということで片付いたとも」

「そりゃ未解決でいいって話?」

「被害者はツイていなかったって話」

 放課後、開店前の喫茶店にて。

 私が認めるくらいにすっかり馴染んだ佐伯は、こうして探偵歓談と平和な時間。

 彼は一月前の事件の後でも変わることはなく、いつもの時間通りにやって来て、恥知らずのウィンナーコーヒー片手にそう話していた。 

 

 『幽霊は存在しない』という前提。

 そこから話を始めた佐伯は、しかし口にしてすぐに顔が曇る。

「……だが、むう。仮にツイてなかったにしても、あれだけ目撃者がいたというのに誰一人として人相の証言が一致しないときた。それならもう、目前に突き付けられた事実を認めざるを得ないというか、はたまた大仕掛けで僕に一杯食わせようとしているのかと、思ってしまうね……」

 平日昼間、制服姿で人を切り付ける様子が目撃されたという生徒の足取りは、私がくまなく調べつくした。困ったことに誰一人悪人はおらず、なぜこんなストーカー行為をしているのかと、無害な女子生徒たちの3人の顔を見る度罪悪感に駆られていた私。

 結果証言のどれもが見間違いであるという証明がなされたのだが、これまた困ったことに、佐伯はこれが自分を担ぐための罠なのかもしれない、あるいは太刀打ちできない類の幽霊とでも思ってしまって、いつもの行動力はだいぶ落ち込んでしまっている様子だった。

 

「……まず、幽霊云々置いておいてさ。話を聞く限り、だっらその証言は全部あてにしない方がいいと思うぜ。咄嗟の出来事で気が動転していたんだろうし、情報の確度に信頼は無いものとしていいだろう。

 とりあえず一致しない人相の問題は置いておいて、それ以外……、一致したウチの制服の事を重点的に調べたらどうだ? 制服はそう簡単に無関係の人間に渡ることは無いだろうし、写真を見る限りじゃ……多分まあ、偽物ってわけでもなさそうだ。

 犯人が朽ノ木の生徒の中にいるかもしれないって予想できるだけで、進展としてはまずまずってやつだろうよ。『分からないことが分かった』ってね、得体の知らない女相手によくやってる」

「そうかな……そうだろうか……。そんなことがあり得るのかなぁ」

 言って、うむむと、訝しみ悩む。

 納得がいかないと、それはその様子が隠し切れないほどに露骨だった。

 もちろん探偵とはそういう気質があるのは理解しているので、私はそれが悪いことではないと思う。

「紗希ちゃん、全会一致のパラドックスって知ってる? 一つの意見に異論なく全員が賛成した場合、むしろそれは矛盾した状況であるって話」

「聞いたことは」

「良かった。だからつまり、これはその逆だと思わざるを得ないわけさ。

 だっておかしくないか? 朽ノ木の女子生徒のカタログを見せて、でもそこで選ばれた女子生徒たちの髪形は殆どがばらつきのある長さと形だった。顔の見間違いは大なり小なりあるだろうが、髪形は目で見て覚えやすいはずだ。──なのに……っ一体どんな事態が起これば、ショートヘアとロングヘアが同時に容疑者に挙がるんだ!?」

 女子の髪形に一家言あるかの如き力強さ。

 言いたいことは分からんでもないが、あまりに熱くなりすぎていることも確かである。

「佐伯、落ち付けって」

「落ち付いてちゃいられないよ。落ち着いていられるもんか!! いいかい、もう一度この事件の起きた時間を言うよ、昼間だよ昼間なんだよ。夜遅い暗い時間じゃないし、人通りだって多い。事実目撃者は、確認できただけでも10を超えた。だってのに……それなのに誰も意見が一致しないんだよ? 

 監視カメラに顔が映らなかったんなら、もう証言に頼るほかない。でも、この有様さ。

 いくら何でも人に興味がなさすぎるんじゃないのか!? 現代人」


 矛先がついには現代人へと向いた佐伯は、客観視が抜けていることに気が付いていない。

 探偵と一般人の観察眼を同列にするのはいくらなんでも無理があるし、何より彼は私の言葉を忘れている。

「……はあ。佐伯、さっきも言ったが、咄嗟の出来事で気が動転してりゃ、そういうことは起きるんだよ。騙されるわけないって息巻いてるアホが、まんまと詐欺に引っかかるのと同じ。不意打ちに分け隔てなく、誰にでも起きうることだ。

 大体な、その場に居もしなかった人間が、後から当事者たちの行為と行動を責めるのは間違ってるぞ。あまりにもな」

「ち、違うんだ、責めたいわけじゃ、なくて……」

「なくて?」

「──いや、その通りだ。確かに、あの人達の事を僕は責めていたよ。

 ああ。紗希ちゃんの言う通り、責める権利は僕にはない」

 

 言葉に、冷静さを取り戻す。

 ふー、と互いに息を吐き、しばらくの沈黙が流れた。

 カウンターの上。

 いつの間にか父が作っていたコーヒーを私も飲むと、私も私で頭の整理が必要だと気が付いた。

 

 突発的な事件。

 通り魔とは少なくともその側面があることは間違いなく、そしてそれが昼間に行われたということは、捕まることを恐れぬ、無差別にして性質の悪い事件と犯人だ。

 加えて女子生徒の服を着ていること。それはおそらく朽ノ木の生徒の中に犯人がいるのかもしれない可能性を残す。

 ……それで浮かぶ、一つの疑問。

「ねえ、佐伯。犯人は復讐心から事件を起こした可能性って、ない?」

 それが、

 通り魔と言うにはあまりにも出来すぎている。

「……何への復讐心?」

「さあ、社会とか?」

 そう自分で言って、発言に対する責任感の無さに呆れてしまう。

 思った事をそのまま口にして、けれどその思いつきに理由を求められて困るのは不思議な話ではない。しかし、ついさっきまで説教じみたことを言っていたことを考えると、あんまりにもあんまりというもの。

 ──だが。

「うん、いや。その線は確かに僕も考えていたよ。

 一見突発的で無計画な犯行に見えて、ロンドンの切り裂きジャックよろしく『幽霊』のように姿がない。

 駅前のカメラに顔を映さない異常なまでの周到さ、目撃者に顔を見られぬ手際。

 そのどれも計画的に行われたことだとすると、そこまでする理由はきっと、犯人の尋常ならない人の欲に関係しているのかもしれない」

「欲?」

「そう、欲」

「じゃあつまり、犯人が事件を起こしたのは欲を満たすための行動であって、復讐何かよりもっと個人的な理由だって、そう言いたいの?」

 大義名分、正義とは程遠い場所にある理由。

 

 欲に溺れる人間の醜さは、特に3大欲求ともなれば見ていられないほどの醜悪さとなる。

 では計画的に行うのは、それを隠すためなのだろうか。

「ああ、だろうね。『不利益には加害でもって清算したい』。復讐というのも欲の内だが、その願望の正当性は、この通り魔にあるとは思えないだろ? 今のところ被害者の共通点は腕を切り付けられたというぐらいなんだから、復讐を目的としたと言われてもピンとこない。それに朽ノ木への復讐というのなら、こんな苦労をするよりもっと直接的なやり方がある。それは例えば爆破予告とか、あるいは同じくらいの苦労で言うのなら、堂々学校へと乗り込むとかだ。

 ともかく。人は少なからず他人から恨みを買うものだが、およそこんな復讐をうける悪人は被害者の中にいなかった。おまけに現世に恨みを残した幽霊の線もこれで消えるしね……。

 そんな風に復讐は僕の推理の中では違うと結論付けたけども、ここまでの事をさせるくらいの、人を突き動かす欲が……個人的な理由が犯人にはあると、僕は思っているよ。

 それと、追い詰められるくらいの必死さも、ね」


 時間にして1時間程度。

 話すべきことを終えたタイミングで、ちょどよくコーヒも飲み終わった。

 


「──探偵、目指すのかい?」

 ふと、珍しい質問が父から。

 それは佐伯が退店してすぐのことだった。

 父は佐伯の残したカップを洗いながら、どこか悲しげにも聞こえる声でそう言った。

「探偵へと進む道を紗希がそう決めたんなら、父親として止めはしない。自分の将来の事だ、人にあれこれ指図されるのはおせっかいの究極で、私以外でも聞く耳なんぞ持つ必要がない。……ん、あ。これもその内に入るのかな……」

「言われなくてもそのつもりだよ。自分のことは自分で決める、できることを精一杯やるだけってね。最近色々あってさ、煮え切らない態度が招く結果を知って、うん……。それで心境の変化……って感じ。

 だから──何ていうのかな、父親の後を継ぐことが自分にとってそれなりに意味の残りそうな生涯を送れる道だって、そう思えるようになったんだ。まあ、お世辞にも安定した職種とは言えないだろうから、父さんほどの才能には恵まれなかった私を止めるってのは、保護者として、教育上の道理ってことだろうケドさ」

 

 才能のない人間は努力するというハンデ。しかしその『努力』とは並大抵では前を走る背中に追いつく事すらできず、凡人に落ち着いたまま終わりを迎えることもある。

 つまり才能の差を理解しながらも行動に移すことができる人間は、実の所極わずかな人に限られて、或はそれすら才能のうち。だが悲しいかな結局才能が物言う世界だというのは、みんな分かっていても口にしないこの世の真理である。

 ──を理解して動く、私。

 探偵として。

 超能力を才能とするのならば、私は先頭をひた走る追いかけられる側の人間。

 センスを才能とするのならば、私は最後尾を走る愚鈍な怠け者。

 けれどどちらに転んでも、超能力は探偵としての役割を果たす力になることは間違いのないことだと、私は自信を持って言えるだろう。

 腐らせてしまうのは勿体ない。

 

「いや、反対は父親だけじゃない。それに周囲でもなく、社会でもないものだ」

 自分は否定はしないと、父はそう言った。

 後を継いで探偵になってほしい。そう一度も言ったことがないことが、おそらく父の答えであり、意見を否定しない父のスタンス。

 しかし今、反対する存在は確かにあると、父はそう言ったのだ。

「……それって、何?」

 恐る恐る、聞く。

 まるで怪談聞くかのような私の態度は、知らず、見透かされた心を表に出していた。

 何者としてこの世に在るかを、果たしてその選択が自分という存在を位置づける確かなものになるのか。私は意味を残して終われるのか。

 そんな……不安。

 ここにきてまだ、私は迷いが残っているような気がする。

 

「───紗希、覚えておくといい。そいつはひどく臆病で、気が付かぬうちに支配されてしまうという用心すべき最大の敵にして、足を引っ張るだけの『個人善意によって形作られた人の輪』という社会環境とは違う。人の目を気にしない紗希に、それは足止めにもならないだろうからね。それよりもっと直接的な、うんと厄介なものだよ。

 だからその道を阻む存在に気をつけなさい。立ちはだかるモノの中で一番手ごわい敵というのは、他ならぬ自分自身なんだからね」


 

 

 例える。

 人は自走する筆だ、と。

 世界という白紙に色を乗せて走り、自分だけのモノガタリを記録する。

 世界の記憶はそうやって積み重ねられ、膨大なテクストは歴史を生んで色彩豊かに輝く軌跡となる。人はそうやって、人生と題される本のページ枚数を増やしていくのだ。

 

 けれど色のない人間にそれは叶わない。

 他人の人生をなぞる人間も同じく、存在は誰に知られることのない一生となり、白紙と空白が一枚増えるだけ。読み返すことだってできやしない。

 それはなんて意味のない事か。

 ──でも私は、そんな悲しい終わり方をしてしまいやしないだろうか。




 

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