不揃いな足取り

 反省の時間は終わり、下校。

 あと少しで真っ暗の中を歩く羽目になったところだが、滑り込みで空は夕暮れのままに、時間は間に合った。

 清掃監督者、あるいは第三の被害者である藤原先生は、しかし教室の清掃が完璧だったことに気分を良くしたらしい。

 怒りなど遠く、一目みてすぐにオーケサイン。上機嫌に鼻歌交じりで職員室へと戻っていった。

 古典さまさま。罰としての清掃などと、一体何があったのか……なんてのはともかく。教室を受け持つ身として、これ程気合の入った教室の清潔さというのは、藤原先生からすれば棚からぼた餅というものだったのだろう。


 ──そして。

 それから数十分後。

 今は3人、この広大で緑豊かで、長く緩やかな坂を下っている。

 辺りは木々生い茂る風景。マイナスイオンなる、何かこう、人の体にいいモノらしい不思議成分が染み渡っていくような、そんな気のせい……恩恵を体いっぱいに感じている。

 

 前に愚痴ったこと。

 割り切った結果というのは、要するに朽ノ木の街の事を言うのだ。

『景観を損ねるビルは禁止。交通の便よりも森を守って、何……? 道が混む? うるせいやい、渋滞上等、人は迂回せよ!!』

 言い分はそんなものらしく。

 一つを頑なに守るというのは、それはそれで素晴らしいことだし、長く続けばある種文化とも言える。それを不便だということだけで決めるのは、人の一生は儚いというに、ナンセンスというもの。

 けれどその結果は、半端物の隣町のような都会の繁栄を置き去りに、自然との調和を突き詰めたグリーンタウンが出来上がった。 

 ……つまり聞こえはいいが、言ってしまえば現代人にとって限りなく不便な街になったということだ。

 つい最近ようやく重い腰を上げて街の改革に取り掛かったため、整備された道も増え、以前より少しは便利になってきたが……、それでもここは隣町との境界線付近、その遥かなる計画都市の様相は、いやでも目に入るし比べてしまう。

 数十年の成果の大都市を前に、ものの数年など比べるだけ虚しい話ではあるのだが。

 そんな風に、黄昏ていた時間を思い出して、心ここにあらずの私はぼうと、ただそうやって緑を見つめていた。

「──じゃあ。どうやってこの損失を賄ってもらおうかしらー、ふふふ」

 そう話すのは、素晴らしき清掃指示者、凛。

 教室という名の戦場を一瞬にして無菌室に変えてしまった、狂人にして、そんな一面もあったらしい人。

「はいはい、どうだとでもおっしゃってください。私が悪うございましたよ……」

 その言葉は脊髄反射的に、さっきまでの街への愚痴が、凛への言葉に変わってこぼれてしまった。あるいはろくでもない要求の怯えからかそう話してしまい、毒づく言葉は謝罪の体をなしていない。

 それが、そんな口ぶりが、凛の要求をエスカレートさせるという可能性を考えられていないのだから──。ホント、後で思ったが自分はだいぶ残念な性格だと思い知った。

「あら、随分な態度じゃない、紗希? どんな夢を見ていたのか聞かせてもらおうかと思ったけれど……それじゃあ、物足りないようね。探偵さん?」

 ニヤニヤと、意地悪い笑みを浮かべる凛。

 珍しく遠回りでついてきた巴は、私を中央に挟む形で横へと移動した。そして、同じように笑っている……。

「だったら、『通り魔ジェーン』解決してみせてもらえるかしら?」

「うんうん。それくらい朝飯前だよね、ね? サキちゃん?」

 口調は軽やか、しかし目は笑っていない。

「げ、んっ──」 

 目が笑っていない笑顔とは、ここまでの圧を生み出すのか……。

 この否定できぬ空気に、首を縦に振る以外の行動は命に関わるだろうと予感した。掃除をサボったツケをこのような形で払うことになろうとは、なんて自業自得。

「……分かった……」

「はい?」

「なんて?」

「うぐ……。

 分ーかーりーまーしーたー-!! 解決するから、ごめんなさいっ!! 

 だからそんな目で見ないでよ……」 


 ──そもそも。

 『今日の夢』を見るために私は古典の時間に寝ていたのだ。

 そしてそれは『通り魔ジェーン』を調べるためにやったことで、二人の興味を引いた事件にして、その期待に応えようと私が張り切った原因。

 ……であればこんな目にあう、あわなければいけない理由とはつまりそこにあるわけで、怒りをぶつけられる相手は都合よくしっかり存在する。


 私が気合を入れて事件を解決するという理由とは、今回はこんなものになったようだ。

 

 

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