彼女が死ぬ日Ⅱ
ホームルームが終わり、放課後。
午後の授業を全く無視して策を考えていた私は、やはりそれでも物理的な解決手段をとる以外の選択は浮かんでこなかった。
人手を増やしたところで職員室の二の舞になる可能性もあり、それでは増えれば増えるほど混乱を招く結果となる。相手に有利な状況になるだけだ。
同じ理屈か、巴も凛もそのことについては意見がぴったり一致した。
そうして。
だんだんと教室からクラスメイトが消えていく中、私たち3人は話し合いを続け、忙しくなる放課後について話していた。
「物理的に防ぐ方法は簡単だ。遺体のない殺人現場と現場のない殺人ってのは、卵が先か鶏が先がみたいな話だけど、要はこれを成立させなければいい。凛が今日、美術室に近づきさえしなければ、これから美術室で起こる殺人は不可能だ。
つまり、犯人が凛を『すでに死んだ』としたのは、辻褄合わせの、ある種のタイムスリップってところかな」
「タイムスリップ……。なるほど、面白い表現ね。それなら確かに、私が美術室に行きさえしなければ、密室で自殺は起きないし、予告状の内容も破綻するわ」
ふむふむと凛は頷いて見せる。そして、巴も赤崎に続いて返事をした。
「了解! じゃあ赤崎さんが美術室に向かおうとするのを防げばいいってことだね」
「そういうことだ。まあ、ホントなら美術室自体を閉めてやりたいんだけど……。それを見越してか、犯人がずっとカギを持ってるからな」
今までと同じように、被害者が実行者。犯人は記憶を欠落させる能力があるのは確実で、どうもそれに加えて行動までも操ることができるらしい。
欠落事件それぞれを思い返せば、被害者自身の意思とは関係のない行動をとっていたことは明らかだった。おもむろにモノをそこらに置いていくなど、あまりに突飛で不可解。何より、凛が自殺をする理由がない。だから記憶の欠落というより、犯人の持つ能力とは所謂催眠術の類なのだろう。
「それと。おそらく犯人じゃないだろうが、実を言うと怪しい奴の目星はついてる」
「っな、ちょっと待ってよサキちゃん、今更!? もう放課後だよ? なんでお昼の時に言わなかったのさ」
困惑と怒り交じりにそう話す巴。
『今更』。私のカミングアウトは、長い時間をかけて積み上げた積み木を、その腹めがけて蹴り飛ばす行為。今まさにまとまった話をもう一度振り出しに戻す、とにかくタイミング最悪のめちゃくちゃにする所業だ。
──ただし私とて悪意があったわけでも、無意味にやったわけではない。これは優先順位の問題なのだ。
「違うよ巴。優先すべきは犯人の確保よりも、凛の安全だろ? 予告が出た段階で凛の死が確定してるのなら、その時に犯人を捕まえたって遅いだろうが。私たちにとって、重要なのは確定した事実をどう覆すのかであって、凛を放って犯人を捜しに行くことじゃない。私たちは3人しかいないんだ、一度に二つは無理だろう?」
「……それは──分かってる、…けど」
言いどもり、不満げな態度をあらわにする巴。私の言葉には納得がいっていない様子だった。
「大事なことはいつも……いつも話してくれない。僕らに話してくれたっていいじゃないか」
「でも話すってたって──」
時間がない、だって仕方ないだろうと、そう言いかけたところ──凛は私を遮った。
「ちょっと待った!! 渡井くん、紗希さん。今はお互い不満をぶつけあってる場合じゃないでしょう? だってほらここに、今日まさに死ぬ人間がいるんだから」
そう言って、凛はぐえーと、自分の喉を締める真似をした。表情を見るに、場を和ませようとしているらしい。
それを、私はもとより巴すらも、彼女の健気な思いをくみ取ることはできず、気まずいと、ただひたすらにそうとだけ思ってしまった。
何てひどい真似を。私たちは笑えなかったのだ。
「──えへへ。いや、……ごめんなさい」
凛がそう口にしたのち、凍てつくほどの冷たい沈黙が訪れた。
気が付けば教室に残っているのは私たちだけ。かちかちと、秒針の音がはっきりと聞こえるほどに静かな時間が流れている。
……ただひたすらな沈黙。その末に、秒針が何週か回った頃、彼女は改めて顔を上げ、話した。
「私はね、二人が喧嘩しているところは見たくないわ。私は友達で2人は親友同士。それが今回の事で、私のために関係が壊れてしまうなんて……そんな悲しいこと…」
言いながら涙ぐむ凛。
『私から協力を頼んだくせして、肝心な話をしない』
怒るに決まっている。私は説明が圧倒的に足りてないのだ。自分に筋を通すのに、他人に対しては同じようにできていない、それを私は分かっていなかった。
この険悪な雰囲気は、私のせい。そんな後悔が埋め尽くす頃、不意に凛は笑った。
「──ふふ、なんてね。私はわがままだから、ずるいけれどこの状況を利用させてもらうわね。さあ! 私に引け目を感じているなら二人とも仲直りをしなさい。……あ、それとついでに、私を悲しませたことを謝りなさい?」
そうさらりと言ってのけた優等生、赤崎凛。
その策。例え演技であったとしても、まっとうなことを彼女は言っていた。その、自らの状況を利用した言葉は、全くもってその通りでぐうの音も出ない。
しかし言えた立場じゃないが、罪悪感に訴えるやり方、私たちが悪いのが前提なのは認めるし、実際そうだけれども、優等生というよりか小悪魔めいたえげつない手段である。
なんにせよ、謝るのなら私から。これは私が全面的悪かったことなのだ。
「「ごめん!! 」」
声が重なる。
巴と顔を見合わせると、どうも同じようなことを考えていたらしい。
何だかおかしくって、2人して思わず笑ってしまった。喧嘩する程のことじゃない、何とくだらないことでイライラしていたのか。それこそ時間の無駄というものだった。
「──じゃ、僕が0時まで赤崎さんの家を見張っていればいいってことだね」
「ああ。もし凛が家を出るようなことがあれば、その時は全力で止めてくれ。凛も、今日は帰ったらもう家を出ないように。それともし誰か知り合いが来ても、決してドアを開けないようにね」
「ええ大丈夫よ。私一人暮らしにもう慣れてるの。防犯対策はばっちりなんだから」
帰り支度を終わらせ、それぞれの役割を果たすために動き出す。
私は彼を調べる必要があるため、凛の事は巴に任せることにした。
信頼する私の親友に。
「ばいばい、サキちゃん!」
「またね紗希」
二人は並んで教室出ていった。
彼女が死ぬ日はもうあと少し。教室の時計は変わらず時を刻み続けている。
「──また明日。二人とも」
そう呟いて、大きく深呼吸。
私もまた、やるべきことのために動きだした。
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