メメント・モリⅡ ②
「……じゃ、分かった。早退はナシ。その代わり体調が悪くなったらすぐに先生に言うんだぞ、いいね?」
「はい。ありがとうございます」
沈んだ心はそのままに、それでも動かなければと、保健室を後にした。
顔色は健常、気分は最低。頭の痛みは程なく消え失せ、もう身体の不調はどこにもない。
悪いのは体調ではなく心の方。だから何ともない体を、ベッドの上で無為に過ごさせることはできない。だってそうすれば多分、頭痛が舞い戻って来る。
4月3日の水曜日。
何故なら今日、赤崎凛は死んでしまうのだから。
「──えと、家入さん。まさか本気で言ってる? どう見ても冗談よ、これ」
渡された手紙をまじまじと見たのち、凛はそう言った。
教室の片隅、私の机の周りに巴と凛とが集まり、どこか聞いたことのある言葉で、手紙はその信憑性に疑いをかけられている。
「本気だよ、凛。そいつは嘘を言ってるんじゃなく、実際にこれから起きることさ。それも今日にね」
「な、今日……これから?!」
手紙の内容をうすら信じていた巴は、しかし実行の日付が今日であるということを知らなかったらしい。
「正確に言えば今日に実行、明日がそれの発覚だ。今まで起きた欠落事件とはかなり深刻さが違うが、この基本的な流れは変わってない。
だからそう。私たちの勝利条件は今日を乗り切り、4月4日を終わらせること。予告されたことを、事実を覆すんだ」
手紙がもたらす一連の流れを断ち切る。手遅れに、予告自体を無かったことにすることはもうできないが、予告通りに事を進めさせなければ悲劇は避けられる。
保健室の中で感じた多くの負の感情。未だ沈んだままの心は、何としても凛を死なせはしないという力の原動力となっている。どれほどの自己嫌悪に陥ろうと、いかなる理由があろうと、私は私。それこそ私のいつもの癖だ。人として当然の在り方で、当たり前のこと。
『目の前の出来事から目を逸らしてはいけなかったのだ』
「いいか。この事件は、3人で協力して解決するんだ。犯人を見つけ出し、そして……4月3日と4月4日を乗り切る。……ただ、もし。
もし、2人がこれを冗談と取っているのなら、それはそれで構わない。
──だがそれでも。馬鹿みたいだって笑いながでも、そんな風に、冗談に付き合うままで構わないから、私への協力はしてほしいんだ。さっきも言った通り、私は、これを真実だと思っている。でもたった一人で解決できるような事件じゃないのは、分かるだろ? だから事情を知っている人の協力がどうしても……どうしても欲しい。じゃなきゃ犯人を見つけるのも、凛の死を防ぐのだって──、私一人では無理なんだ」
脅すつもりもなく、思ったことをそう口にした。しかし、死という責任の重大さは計り知れないものがあるし、相変わらずこれは非現実的な話でもある。
つまりこれじゃちょっと、アレだ。ので、
けろりと、真剣な眼差しを柔和なそれに変え、なるべくおちゃらけた風に聞こえるように声色を上げてみせる。
「いや。……ま、こう言ったらなんだけど、探偵の仕事が巴と凛のやりたいことだった……だろ?」
噛み砕き、少し甘い言葉でその現実の辛さを中和した。
そんな私の言葉。
沈黙も程々に、真っ先に答えたのは巴だった。
「分かった。サキちゃんが言うなら、うん。そうか、やっぱりこれは嘘なんかじゃないんだね。ならもちろん! 協力するよ」
どういう意図で言ったのかと問われれば、甘い言葉は巴の意思、巴の決定に何ら影響を及ぼしはしなかった。彼はもとより少しでも赤い手紙を正直に受け取った側の人間であったために、その言葉の力強さは堂々たるものだ。
ただ。あえて言うとすれば、タイミングが悪くてそう見えないのが残念なところ。
「……ありがとう。巴なら、きっとそう言ってくれるって信じてたよ」
巴の意思は固まった。残るは、凛。
彼女は、私の目の前で机上に腰を下ろし、体ごとそっぽを向いていた。
その姿。背中で語るとはよく言うが、話から目を背けるとは現実逃避の表れのように私は思う。
……そして。現実逃避をするのは、私の言葉が、家入紗希の言葉が真実になると、探偵に憧れた彼女がそれを良く分かっているから。
踏み込んだ程度は、私と凛とでいくらか差はある。しかしまさか自分の命を景品にゲームをされるとは誰も思うまい。例えそれが知らぬ間に勝手に決められたことだとしても、これからすっぱり欠落事件から手を放そうと、向こうはつかんだまま決して離さないのだ。
──ならばたった一つ。死という最悪の結末を避ける方法はほんの一つしかないのだと、そんなこと、聡明な凛は分かっている。
「凛、君は……」
向ける背中に声をかける。
「──家入さん。私は、前にこう言ったわよね。『謎は最後に解かれなくっちゃ』って」
向き直ることなく、何か押し殺すようにか細く話す凛。彼女の肩は揺れ、息が少し荒くなっているようにも見えた。
そんな彼女の問いに、私は答える。
「うん、言ったね。凛は確かにそう言ったよ」
この先どうすればいいのかを赤崎凛は分かっている。
最後に解かれる謎を知りたいのなら、その顛末を見届けるために、死に対し手放しで無防備にいてはならない。死という限りない絶望を前にして、それでも些末なあがきも価値あるものと動かなければならないのだ。
すう、と。息を深く吸う凛。
──そう。だからこそ凛は振り向き、希望溢れる満開の笑顔で答えたのだ。
「協力ね、ええ!! もちろん私もイエスよ! 私たち3人で犯人を見つけて、金輪際悪さができないようにとっちめてやりましょう」
しかし。結局彼女の決意に疑問を持つことになったのは、偶然の事。
朝のチャイムが鳴って解散と、皆が席に戻る中、その音にかき消されるほど小さく、ぼそりと、けれど僅かに聞き取れた程度の声が耳に入ったのだ。
「────いいね、最高……」
どんな意味でそう口走ったのかは分からない。ちらりと見えた横顔は、変わらず笑顔だったから。
でも。普段と似合わぬ口調は、確かに現実に向けられたものであった。
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