メメント・モリⅡ

 4月4日の木曜日。凛は死んだ。

 嘘と冗談。不純なものが一滴さえ混じることのない事実は、無残にも結実した。

 それは、あの予告状で確かに。 


「っ──。うぁ、頭…痛い……」

 頭蓋がひび割れたのかと、そう思うくらいの強烈な痛みが走る。

 保健室のベッドに寝転ぶ私は抗うこともできず、ただ襲いかかる痛みに耐え忍んでいた。

「──あ、起きた。良かった、おはよう家入さん」

 ベッドの入り口側、小さな椅子に座ったが目を覚ました私にそう声をかける。その隣には巴が。

 そうやって二人が心配そうにこちらを見つめる中、当の本人は茫然と天井を見上げている。

「な、ホントかい?! たった今ベッドに寝かしたばっかりだろう?」

 養護教諭。保健室の先生。

 バタバタと、保健室の中にいるはずが、しかもその責任者たる先生とは思えない慌ただしさを奏でている。(後で聞いたことだが、先生と凛と巴は私を寝かして僅か数秒、それに救急車を呼ぶ直前に私は目覚めたと、巴は言っていた)

「──えーと。それで家入くん、気分はどうだい?」

 名前を知らない男の先生は、私にそう話す。


 あの、凛が死んだ4月4日の木曜日。

 単なる悪夢だったのか。それとも、あれは未来の予知とでもえばいいのだろうか。とにかく私が見たものは4月4日に起きたことで、彼女はすでに死んでいる。

 だが今日は、紛れもなく4月3日の水曜日。

 私の部屋。壁に設置された日めくりのカレンダーはそう言った。

 学校。巴は赤い手紙のことを凛に話すべきだと私に言った。

 教室。彼女は何も知らずに元気に話していた。


 そして。凛は私の目の前にいる。

 朝、私は狂文を読み。私が今どんな世界にいるのかを自覚してしまったために、これからたどる現実が、あの夢であると分かってしまった。

 意識をなくしたのきっとその瞬間。 

 だが、本当に夢だったのだろうか。夢、されど凛の死は脳裏に焼き付いて離れず、あれは夢と済ますにはあまりにも強烈な体験。

 そして。ズキズキ、と。この止むことのない頭の痛み。

 きっと結局のところ、私が生み出したもので、罪悪感と後悔からくる自責の念を、決して忘れることのないようにと、そのための自戒。

 私が私に課す戒めである。と、故分からぬこの痛みを認識している。


 ──ああそして。白衣を着たこの男の先生は何と言ったか? 確か、『気分はどうか』だったけか……。

 心の内で思わず笑いがこぼれる。それは間違っても顔に出すことのできない、自虐のこもったひどい笑み。

 聞かれたからには答えなければならない。それも正直に。そうでなければ耐え難いこの頭の痛みは、どうも私を苦しめ続けるようだったから。

 私はベッドからぐったりとした体を持ち上げ、精いっぱいに笑い、答えた。

「……ひどい、気分です」




 人は、いつか自分が死ぬことを自覚しなければならない。

 望まぬ死とはいつ何時来るものかを知ることなどできないのだから。それは理不尽にも思える事。しかし理不尽とはそういうのものなのだ。

 

 ──当たり前の話。よくある話。だが私は思う。

 自らの手によってその命の綱を手放したのなら、それは望まぬ死ではないのだと。

 そして、いつか理不尽に苦しむくらいならいっそ、と。

 だからこそ最後には、笑って見送ってほしい、と。


 私にとって、物語の結末にはそれがふさわしいのだ。

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