それはいみじくモノガタリ

 4月4日の木曜日。

 今朝はひどく冷えた朝だった。

 昨日までは春の陽気を感じる、暖かな日差しが空から降り注いでいたが、今日はどんよりとした曇り空。午後からは雨も降るらしい。

「傘、持ってかなきゃな……」

 雨が嫌いな私は、行く途中に降らないと天気予報では話していたが、なるべく早く家を出た。

 その時、出る直前で父が佐伯から何かを預かっていると言っていた。けれど雨が嫌いな私は帰ってからにすると、ありがとう、とだけ言い残し、学校へと向かった。



「おはよう、巴」

「おはよーサキちゃん。今日は早いね、もしかしてサキちゃんも同じこと思ってた?」

 学校に着いてさっさと教室に向かうと、巴の姿があった。

 時刻は朝の8時で、朝練でもなければ早く来る必要もない生徒にとっては、結構暇な時間である。だから多くは、その時間分を家で過ごしているものだ。そんな巴もまた、朝練のない帰宅部である。

 が、それより今、何か気になることを口走っていた。

「『』って、何だ『』って。私はただ、雨に降られたくないから早く来たんだよ。……それで、巴はどうしたんだ? こんな早くに」

「え? あー、ほら、昨日の事が気になってさ。『美術室』ってやつ。なんかあるかもじゃん? せっかくだし皆で見にこうかなーって、早く来て二人を待ってたんだ」

「……ああそれか。手紙ね」

 まさか本気にしてるのかと聞くと、一応ね、と巴。

「だって、噓だったらいいけど、ホントだったら怖いじゃないか。いや、怖いですまないけど……。それに、昨日もあれでよかったのかなって、ずっと思ってたんだ」

 

 ちらりと、凛の机を見る。

 テニス部の朝練か、あるいは時刻のために、彼女の姿はそこになかった。

「来てないみたいだし、じゃあ、先行くか? 来るまでにだいぶ時間あると思うぜ」

 言って、巴と二人、旧校舎3階の美術室へと向かった。



「あれ、開かない」

「どうした?」

 ガタガタと扉を動かしている巴は、不思議そうにそう言った。

 ここは美術室前。着いて早速入ろうとしたが、中々巴は扉を開けてくれない。

「鍵が閉まってるんだろ? 昨日開いてたのに気が付いた先生がいたんだよ」

「いや……でも。この扉、内側から閉まってるよ……」

 見ると、鍵穴はそこになく、外から閉めることのできなかったはずの扉は、前後が逆なって設置されていた。

 瞬間。不吉な予感を背中から感じた気がする。

 ぞわりと、足元から背中、そして全身をゆっくりと覆いつくすそれは、私の心を不安で搔き立てた。

 ──ああ。だが、それはあるいは死の予感だろうか……。


「っ、ど、どいて!!」

 なにもあるはずがない。

「扉を蹴破る、下がってろっ!!」

 なにもあるわけがない。

 この後私は、扉を壊したことを先生に叱られるだけ。今日の不幸なことは、たったそれだけしかない。

 そうだ、そうに違いない。

 がしゃりと、扉につけられたガラスの窓が音を立てて割れる。派手に蹴り飛ばした扉は、実のところ一度きりでは無理だったので何度も、何度も蹴った。

 その度、私の頭の中で、あの手紙、あの言葉がよぎっていた。

 『赤崎凛は死んだ』

 

 扉の先、そこはひどく暗い教室。

 カーテンは全部が閉め切れられ、おまけに外が曇りのために、明るさは入り口から入る蛍光灯の光のみである。

 ──これじゃ、だめだ。

 暗くて何も見えない。

 暗いとどうしようもない。

 スイッチを探しているが、でも暗くて見つからない。


「な、──────。紗希……ちゃん? ──────!!」

 巴は後ろから肩をつかみ、私に呼びかける。

 彼は呼びかけている。

 だけど

 しばらくして、何とか手探りで見つけた蛍光灯のスイッチ。

 しかしなんでか、どうしてか。それはとてもとてもとても重く感じた。

 

「あ、ついた」

 ぱ、と。光はすべてを明るみにする。

 最初に見えたのは、天井から伸びた縄。それは天井を横に伸びる太い柱に括り付けられていた。

 次に見えたのは、それが誰かの首をつり下げていたこと。首の付近が太く巻かれた、映画とかでよく見る形。

 そして最後に見えたのは、顔。蛍光灯に照らされ、よく見えなかった人相が嫌でも分かった。

 そう、


 ──首を吊った人間が赤崎凛であったこと。

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