さようなら、恋文

「──というわけ。残念だけどもう終わったことだし、佐伯の出る幕はないぜ」

 放課後。今度は赤崎の方が「予定があるのから、ごめんね」と、またもや一人での下校を味わった。

 そうして肩を落とし、しみじみと悲しみにふけっていた私。しかし店の扉を開けた先に、彼はいた。今日、会う約束もなかった佐伯が。

「……」

 ことのあらましを一から十まで説明してみたけれど、犯人の行動の不可解さは、彼の頭を悩ませるばかりであった。

「どう? 意味わかんないだろ」

 すでに終わったことに協力を取り付ける意味もないし、中途半端なこの事件について話す必要はないと思ったが、果たして探偵たる彼からの意見はどうであろうかと、ふと興味を持ったのだ。

「そんで。残ったのはこの、赤い手紙だけ」

 カウンターの上に、カバンから昨日の赤い手紙を出す。もうすでに解決した、世界史云々のアレ。

「これだけじゃあ誰がどう頑張っても、一生犯人にはたどり着かない。紙切れ数枚の証拠でどうしろって話よ。徹底的にやるとしても、果たしてそこまで苦労を重ねて捕まえるほどの相手かと言われると、な? そうとも思えないからさ」

「……じゃあ、僕の方で調べようか? その手紙」

 指紋を採取してみようかと、佐伯は言う。

 私が真に納得していないということを見抜いた彼は。

 確かに私も、終わりなら終わりで嬉しいが、すっきり後味よくゲームセットとなってほしいというのも本当だ。

 佐伯はその意図を汲んでくれたようで、しかし何より彼自身が放置できないと、その苦虫を嚙み潰したような表情が訴えている。 

「仕事が増えるだけだろ? もう困る奴はいないんだからいいってそんなの」

「調べるったら調べるの!! あーーもう、なぞなぞを出すんなら答えも一緒もってきておけよな。これ持ってくから、じゃあな!!」

 ご馳走様でした! と、礼儀正しく挨拶を残し、だがお代は残さず、バタバタと騒がしく足音を立てながら佐伯は退店した。


「また……。結局何しに来たんだ、あいつ」

 お代も払わないでツケにしやがった佐伯は、すっかりうちの常連気取りだ。

 父は彼を息子のようにかわいがっている節があるので、佐伯に対しては甘い対応が多い。それと、多分探偵であるということも関係していると思う。

「いいんだよ、ちゃんと払う子だって分かってるんだからそんな細かいことは。

 今のは……そうだな、さっきの話じゃないが、記憶の欠落ってやつさ。誰でもうっかり、気づかぬうちに忘れるもんさ」

 


「おおそうだ。佐伯君に資料は渡しておいたぞ、紗希」

「資料?」

 資料とは、佐伯から頼まれた調査の、その情報をまとめたもの。

 いつ、誰が、どこで、何をしていたのか。『今日』の夢は、それをすべて映してくれる。情報が正確にまとめられた私の資料は、彼が事件を解決するのに大いに役立っていて、一体どうやってるのは知らないが非常に助かっていると、嬉しそうに話していた。

 ただしその代わりとして、私はどうしても解決してほしい事件があったとき、代わりに自らの手柄として示してほしい、ということ見返りとしている。

 超能力者の探偵などと、世間様に持ち上げられるのは勘弁してほしいのだ。

 

 「あーありがと。そうか、受け取りに来てたのね。それならそうと早く言ってくれればよかったのに」

「帰って早々、矢継ぎ早に話していたのは紗希だろう?」

 父はやれやれといった感じで笑う。

「こいつは余計な事かもしれないが。勝手に部屋に入ったこと、怒こらないんだな紗希は」

「は?」

「いや、気にしてないんならいいさ。父親が年ごろの娘の部屋に勝手に入った、なんて。嫌われてもしようがないことだろう? けど、やっぱり紗希にはそういうの無いんだなってな」

 この話は実をいうと何度かやっている。

 よその家の子供との差を、男で一つで育てている父には余計に気になるらしく、さらに超能力についても承知の父は、ことさらそれが気になってしょうがないのだろう。

 曰く。自室に勝手に入られるのは、娘だろうが息子だろうが嫌なことらしい。

「別にどうとも思ってないよ。今の時代、プライベートなんてあってないようなものだし。見られて困るようなものはそもそも部屋に置いておかないから」

 それを聞いて父は、うむむと、低くうなる。

「見られて困るようなものがないって、じゃああの赤い手紙はいいのか?」

 そういえば机の引き出しの中に、いままでのアレが数枚入っている。

 ……うん。父が言うように、ずっとあるのも変。忌々しいのであとで捨てておくことにする。

「そりゃそうでしょ。あんなの所詮冗談だから、気にしたら負けだよ」

 小声で、相手した私が負けていることを小さく付け足して。


 

 時刻は22時少し過ぎ。

 夕飯後、いつもより早めの就寝をとることにした。

 私の学校生活を乱す赤い手紙が終わり、明日が少し楽しみになったから、1時間でも早く……。

 ──だって。何だか今日は、いい夢が見られる気がしたのだ。

 

「おやすみなさい」


 




 

 

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