穏やかな朝 ②
「──まず、だ。モノが消えるのは、犯人に盗まれたからってわけじゃない。実際は被害者自身がモノをなくしているからだ。共通して、どこかに置き忘れたとかなんとか……な。そうやって皆してうっかり、色々な理由で忘れ物をしているってことさ」
昨日の夜。晩御飯を食べた後、再び『今日の夢』へと入った。
そこでは、谷内の机を整理し終えた時間から再開し、下校の時間まで早送り。そのまま谷内の足取りを辿っていったのだ。
彼は学校にいた時と同じように、家まで一人ぼっち。
その間彼の横を通る通行人も、傍の道路を走る車も、帰路の途中誰を気にすることもなかったのを、夢の中、この目で確認している。
周りの人間も同じように、いたって普通の振る舞い。誰かに尾行されてるとか監視されてるようなこともなく(私を除いて)、件の教科書も彼と一緒であった。
「……盗まれてない? ま、待ってよサキちゃん。なら予告状は?
まさか、『これからこの人が忘れ物をするから、君が探してあげて』って、そういう親切な予告だったってこと? いやいや。そりゃおかしいよ、だって不可能じゃないか」
「うん。私も渡井君の意見に賛成よ」
今の説明に、赤崎と巴は反対の意思を示した。
自分自身、いわゆる超能力者という奴だから、犯人も恐らくそうなんじゃないかと思った私。辻褄が合わないからという単純な思考だけれど、8回も見た後じゃそうだとしか言いようがない。が、──でも二人にはちょっと突飛だったかな……。
そうやって、これからどう説明したものかと悩んでいると。
不意に赤崎が手を挙げた。
「え? ……あ、どうぞ」
急に挙手制。
礼儀正しい赤崎は、長い後ろ髪を両手でかき上げ、スラスラと自身の見解を述べてみせた。
「家入さんの推理だと、犯人は未来の読める超能力者ってことになるんじゃないの? それだと渡井君の言う通り、現実じゃ不可能でしょう。未来の読める超能力者が、それに、仮に本当にそれが分かるのだとしても、わざわざ家入さんに頼む必要は無いんじゃないかしら……。文章とはあまり矛盾しないけれど、犯行予告ではなくて紛失予告っていうのは違和感があるわ。まして、予告状なんて送るくらいの目立ちたがり屋が、最後のおいしいところだけを他人に譲るとは到底思えないわ」
「ま、確かにその指摘は
「……あ」
「そういうことさ。あくまでモノは、被害者自身が紛失している。ただ、」
「──それを忘れている」
赤崎は血の気が引いた顔で、そう呟いた。
「……ああ。つまり、犯人は記憶を欠落させる力があるんだと思う。その証拠に、赤崎含め被害者達全員は、指摘をされるまでそのことを忘れていたんだからね。
まだ全部わかっているわけじゃないけど、おそらく事実の指摘が欠落の回復条件だろうな。でも赤崎の反応を見て分かるように、被害者達は自分の記憶が欠落していることに気が付いていない。この話は、そんなわけがない、って思うだろ? 確認すれば分かるようなことのように思えるけどさ。でも、誰だって一度は忘れ物の一つくらいしたことあるだろう? 単純なものから致命的なものまで、ついうっかり、って具合に。だから、昨日の『無いものを在るように見せかける』って話もそうだけど、人は無いってことに関して、案外簡単に誤魔化されてしまうんだよ」
こうして『モノがどう消えるのか』について、現時点で分かっていることを、推理として二人に披露した。
無論、実際には自分で見て確かめたものを話しているに過ぎない。
被害者が全員、自ら予告の中で指定されたものをどこかへ置いてゆき、それを忘れる。という現場を、昨日の谷内合わせて8回も目撃しているのだ。
きっと赤崎がこのことを知ったら、推理小説好きの彼女からの好感度は爆下がりになるだろう。悲しき絶交ルートまっしぐらだ。
それに犯人が超能力を使える人間であるかもしれない、なんてのは推理ではなく99%確信の上の予想だし。
──やはり、この秘密は墓でもっていくことにするべきだ。
「……あのー。サキちゃん、赤碕さん。僕、話についていけてないなーって、思ってるんですケド……」
恐る恐るという感じで、未だ超能力の件について納得がいっていないと話した巴。
それは仕方のないことだろう。赤崎は欠落した経験があるからともかくとして、いきなり「超能力者の仕業です」と言われて、「なるほどそうですか。うん!! 納得しました!!」とはならない。
「まーそうだな。でもちょうどいい、今からこれ返しに行くから、ついてきな巴」
そう言って、学生用の黒カバンから一冊の教科書を取り出して見せる。
サイズ小さめの世界史の教科書。背面には、丁寧な字で名前と学年、クラスが記入されている。
「えーと、なになに? たに、うち……じん? ──あ、これって!!」
「そう。今日、学校に来る途中で見つけてきたんだよ。いい機会だし、一緒に行こうぜ」
欠落した記憶を取り戻す瞬間を見せる。
頭の中、抽象的な部分の話で、その瞬間だけを見て分かるものでもないし、それで巴の疑問がすべて解消されることはないだろうけど……。まあ、納得の足しにはなるだろう。
「赤崎も行く?」
せっかくだし、と。そう言ってみたが、次の時間赤碕は移動教室らしく、「ごめんね」とだけ言い残し、一足先に教室を出て行った。
「──あ、谷内!」
教室を見渡しても本を読んでいた彼の姿は見つからず、また後にしようと思っていたが、幸い私と巴と同じ谷内は美術の専攻だった。
彼は一人先に教室におり、黙々と何かを書いていた。
「……なに?」
呼ばれて、谷内は書く手を止め、低い声で返事をした。ちゃんとこちらに顔も向けるあたり、社交性はゼロというわけではないらしい。
「はいこれ。昨日、教科書忘れてったでしょ?」
言って、彼に教科書を手渡す。
谷内は手渡された教科書を持った瞬間、「あ」とだけ口に出し、そのまま固まってしまった。
──ほー、フリーズする奴は珍しいな……。
今までも欠落した記憶を取り戻した人は、様々な反応を見せてくれたが、こうも無反応に近いのは初めてだ。
かくいうみんなの反応の仕方としては、そう。ちょうど、喉まで出かかった有名人の名前を思い出した時の、あれくらいの感じ。胸のつっかえというか、モヤモヤがとれた時の嬉しさったらないアレだ。
なので、こういう反応は珍しいというか、見たことがない。
「じゃ、私はこれで」
とはいえ目的は果たした。反応について一々こちらがとやかく言う筋合いもない。だからさっさと、美術室の自分の席に戻ろうと振り返ると。
「──家入」
後ろから声が。
「ん、どうしたの?」
何かあるのかと、くるりと谷内の方に向き直る。
すると彼はおもむろに口を開いた。
発せられた声は絞り出すように小さく……、しかしそれは決意を示すかのように。
「俺は、もう忘れないぞ……」
──と、そう話した。
「あー、そう……? なら気を付けて」
どう反応したものかよくわからず、曖昧な相槌で返してみる。
隣にいた巴は気まずそうに顔をそらしていて、彼も困っているようだった。
そうしていたたまれなくなったので、自分達の席に戻ったが……。
気のせいだろうか。
背中に刺さる視線。
谷内が私を見るその眼には、どこか敵意のようなものがあったような気がした。
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