穏やかな朝

「おはよーサキちゃん」

 昨日と同じように、のらりくらりと巴はやってきた。

 気の抜けた、どこか覇気のない声が示すように、目にはクマが浮かんでいて、制服にはくたびれたしわがくっきりと。

 その様子を見るに、きっと忘れた課題を徹夜で仕上げてきたんだろうな、ということがうかがい知れる。

「おはよ。さすがに反省したか?」

「はん……せい、半生? 何の話なの……?」

「課題だよ課題。覚えてるだろ、昨日のことくらい。藤原にたっぷり絞られたやつだよ」

「……ああ! それね!!」

 疲れすぎて完全に忘れてたなコイツ。

「いやあ藤原先生ったら、僕がちょっと忘れたくらいであんなに怒んなくたってもいいのにさー。あの時たまたま手元に無かったってだけで、まさかね……、取りに帰らせられるとは思わなかったよ。おまけに反省文まで書かされたし……。

 何ていうか藤原先生って、器が小さいよねっ」

 そう言って、こちらに同意を求める巴。

 昨日こっぴどく叱られただろうこの男、だが残念、まったくもって反省の色はゼロだ。

「──。はあ……巴さ、そんな調子じゃ、いつかもっとひどい目にあうぜ? んで。もしもその時が来ても、助けらんないよ? いくら私でもさ」

 あるいは「庇いきれない」と言い換えてもいい。

 

 巴という男の、そのあきれ返る程の能天気さ。だからあといくら言った所で、多分改善も、その兆しも見られないだろう。藤原先生には心の底から同情する。


「な、なんだよ急に。怖いこと言うなよな! 何はともか──えと違うや、何はともあれ!! 課題のことはもういーの。あの後ちゃんと出したんだから、それは昨日で終わったってことで!! そんなことより予告状だよ、よーこーくーじょぉー。またサキちゃんの下駄箱に入ってるんじゃないの?」

「あー、それのことなんだけど……」

 

下駄箱の中をもう一度確認する。

だが、中にあるのは自分の靴だけで、昨日みたいに手紙は入っていない。

「あれ!? ないの?」

「そう。前と同じなら一週間ずっと手紙が来るハズなんだけど、なんでか今日はないんだよなー。……ああいや、無いに越したことはないんだけどさ」

 手紙、というか予告状。それがないことに対して違和感とか寂しさを感じるあたり、だいぶ私は日常を侵食されていたようだ。


「あれかな。犯人の人、もう飽きちゃったんじゃない?」

 残念そうに話す巴。

 そんなわけ、と言いかけ、意外とそういう子供みたいなこともありそうだと思った。その証拠にこれまでの被害を思い返すと、精々子供のイタズラレベルの、ほんの小さなものでしかない。

 手口は不明で、非常に巧妙ではあるけれど、正直言って規模がしょぼいのだ。

 もし、これが殺人みたいな派手な事件でも起こっていれば話は変わってきただろうが──、うーん、この犯人じゃ無理だろうなあ。


「さあね。ま、どっちにしても迷惑な話さ。あれだけ人を巻き込んでおいて、飽きたらポイ、だなんてね。巻き込まれるこっちの身にもなれってんだ」

 

 ばたんと、勢いよく不満を叩きつける。 

 閉めた下駄箱が、反動で空いてしまったことにも構わないで、もうそのまま振り返ることなく教室へと向かった。



「──つまり事件は迷宮入り、と?」

「赤崎には悪いけどね、こればっかりは私にはどうしようもない話だよ」

「……そう。残念……ね」

 がっくりと肩を落とし、赤崎は朝から陰気なオーラを漂わせている。

 今朝は透き通る青空の広がる快晴。しかし正反対の彼女は、落差のためか、より一層気分の落ち込みに拍車をかけているように見えた。

 

 ミステリ好きな彼女としては、これからの展開を期待していたのだろう。それに加えて、この件に関わりたいと思っていたらしい彼女にとって、中途半端に終わってしまった事件の顛末が非常に残念でならないようだ。

「あー、ね赤崎。元気だしてよ? ほら、代わりに面白い話、聞かせてあげるからさ」

「……おもしろい話?」

「そ。私も、色々わからずじまいなのは一緒だけど、それでもいくつか分かったこともあるワケさ。例えばそうだな、モノがどう無くなったの──」

「「聞きたい!!」」

 相変わらずのレスポンスの速さ。

 後ろから巴も身を乗り出してきて、ああ……、何ともデジャブな光景が目の前に。

「う、うん。落ち着こうな、二人とも」

 どうどうと、飼い犬をなだめるようにして巴と赤崎を座らせる。

 

──さて。ではまずは、気になるであろう『モノがどう消えるのか』について、二人に話すことにした。

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