予告状という名のラブレター ③
「──い、家入さん!! その予告を送った犯人って、もう見つけた!?」
ずい、と。まさに目と鼻の先くらいまでの距離まで、赤崎は顔を近づけてくる。
「うお、近い近いっ」
その双眸にさらなる熱がこもったよう。興味津々といった感じで、いつのも冷静さはどこかへ、彼女からは明らかな興奮が感じ取れた。
「い、意外だね……。赤崎、こういう奇天烈な話には興味ないと思ってたんだけど」
予告状とその通りに起こった現実。このあまりに非日常な事象は、私くらいのものでなければ、そう受け入れるようなことじゃあない。
しかしまあ、事実は小説より奇なり──。赤崎はそう割り切れる、柔軟な思考の持ち主なのだろう。
「あ……、えと。実は私、推理小説とか結構好きで、なんていうのかな。その、──所謂事件が実際に目の前で起きていて、その渦中に私がいるって思うと、こうなんか…ワクワクしてきちゃって。えへへ」
違った。柔軟を通り越して、夢見がちな少女のそれだった。
破顔一笑。赤崎はほころんだ顔を見せ、照れくさそうに頬を赤らめた。
「へえなるほど、推理小説ね。でも私、たまたま見つけられたってだけで、そんな毎回探偵みたいなことできないぜ? ま、そもそも私は探偵じゃないけど」
生憎だが快刀乱麻を断つ、みたいな。そんな働きは約束できない。
それにそもそも、推理小説には明るくないんだよな。先達の探偵達が、一体どんな事件をどんな風に解決したのかも知らないわ、私。
「ううん、そんなことない、もう家入さんは立派な探偵よ。まあ確かにちょっと事件のパンチは弱いけど、それでも小説1冊書き上げられるくらいには活躍しているわ!!」
「赤崎さん、もしかしてそれ褒めてる?」
時刻は8時35分。ショートホームルームの始まりの時間。
そして、鐘の音が鳴った。
「──あの、気になってたんだけど。サキちゃんどうやって見つけたの? 無くなったモノ」
午前中の授業が終わってお昼休みの時間になると、巴はそんなこと聞いてきた。
背中側、巴の後ろからは赤崎がひょっこり顔を覗かしている。
「その事、私も気になります。小説では種明かしが最後なのは定石ですけれど、それがずっと気になって授業に集中できなくなってしまって……」
時間がたち、赤崎の熱は少しは冷めたらしい。事件に頭を悩ませる可愛らしい少女は、いつもの落ち着いた赤崎だ。
「ふーん。でも小説じゃ、ネタバレは厳禁なんじゃないの?」
「い、今は現実ですから!! その鉄則は無効です、無効」
なるほど現金なことで。でもそれくらい素直なのは嫌いじゃない。
「……ま、分かったよ。だがまず、二人に話すことがある」
「「??」」
きょとんと、ふたりそろって怪訝な顔をする。
「いいか、『在るものを無いように見せかける事』と、『無いものを在るように見せかける事』。この両者どちらが成功するかについて、だ」
「……ん? え、どういう──」
「前者ははっきり言って不可能だ。『在る』ということ自体が違和感を生むからな。隠そうとすればするほど、かえって事実とのズレが目立ち、企みはいとも容易く露呈する。わかるか? 探偵たちはこの視点から事件を捜査するんだ。指紋、血痕……とか、そういう在るものから事件の解決を図るのは、こういう理由さ。
だがしかし後者は違う。その存在を代替するモノ・理由さえあれば、無いということによる違和感は払拭できるんだ。
つまり何が言いたいのかというと。そういうのって、誤魔化したい側からしたらどう合っても嬉しいんだよ。たといそれが、その場しのぎであってもね」
「……あの。つまり、その。どういうこと?」
赤崎はすっかり混乱してしまっている。見たところ巴も同じだ。
さすがに一気に話しすぎたかな……。けれど初めから説明するのは億劫なので、このまま話しきってやろう。
「例えばそうだな、えーと。渡井、世界史の課題は持ってきたか?」
次の5時限目、世界史では課題が出ていた。単純なプリントの穴埋め問題で、教科書を参照すれば30分くらいで終わる簡単なものだ。
間違っても終わらないなんて事はない程に、相当緩い課題である。
ただ長い付き合いだからわかる。きっと渡井はこんな課題でも──。
「…………家に、あるよ…」
「これ」
まさにこの状態が、『無いものを在るように見せかける』ことだ。
「あー--、いやー。まさか家において来るなんてなぁ。うっかりしてたなぁ、ホントーマジで、ガチで」
「手元にはないけど家にはあるって言えば、少なからずやる気があるってところを見せられる、ってね。常習犯のいつもの言い訳だな」
「なるほど」
赤崎はうんうんと頷き、感心したとばかりに返事をした。
「な、失礼な。今回こそはちゃんとやったよ!! ただ、今ちょっと手元にないってだけで、課題は確かに在るからね」
「あら、在るのね今回は」
「げ」
いつの間にか巴の後ろには、担任の
会話の一部始終を聞いていたのか、それとも最後しか聞いていなかったのかはわからないけれど、巴が何を言われるのかは想像に難くない。
ああそう。言うまでもなく担当科目は世界史である。
「今日は5限で終わりよ。なら一度家に帰って、それから持ってくるくらいの余裕はあるわよね? 渡井君。君、学校から家近いでしょう」
「な、なんで家を知ってるんですか!? 個人情報ですよー!!」
「そりゃ知ってるわよ、担任だもの」
万事休す。持ってこいときた。
本当に家にあるならすんなりいくが、この様子だとそもそも手を付けていないか、あるいはプリントを無くしたか、その2択だろう。
どちらにせよ自業自得だ。強く生きろ、巴。
「はーい、バカは放っておいて向こうでご飯食べよー、赤崎」
赤崎の机と近くの机をくっ付け、向かい合わせの形になる。
気づけばだいぶ話し込んでいた。お昼休みの残り時間はあと20分くらい。
「家入さん、さっきの話──。あれ、貴方が即興で考えたものでしょう?」
「……わかった?」
やはり聡明。それっぽい人がそれっぽいことを言っただけでは、騙すことは不可能だった。探せばいくつも欠陥があるだろう私の話。無いものを在るように見せかけることは、追及された途端瓦解する砂上の楼閣。さっきのそれっぽい格言は、即興にしてはいい出来だと思ったけれど、所詮はその程度の安い代物だ。
「……ごめん。これにはちゃんと理由があるんだ。まあいつか、話す時が来たらきっと話すよ」
「ええ分かってる。無理にとは言わないわ、隠したいのならそれでいいの。そうよね。謎はやっぱり、最後に解かれなくっちゃ」
人は欠落に疎い。私はその穴を突いているに過ぎない。
彼女を選んだのはくだらない理由で、さほど期待はしていなかった。
そうとも。
「きっとこいつじゃ変わりにもならない。どうせ手も足も出ず、ただ無様を晒すだけだろう」
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