溺儚

懐里 歩

溺儚


 夏祭りというもの、それは人やこの世ならざるものが、自身が楽しむための空間であるところだと誰もが知っている。私でさえもそのようなことは知っている。私はその歓楽を感じようとし、祭りの場所に足を運ぶ。

 道の両脇には橙色に光る提灯が幾つも飾られており、まだ藍色の残る暗い夜空には、いくつもの「華」が咲いている。その下で、私はある少女が目にとまった。その少女は、夏祭り特有の衣装を自分で着ようと思ったのか、いくらか不規則な布の出方をしていた。屋台の前にかがみ込んでいて、そちらの方へ視線を飛ばす。そこは金魚すくいの屋台であり、恐らくはお目当ての金魚をすくえなかったのだろう。私はそう考えながら少女の後ろを通ろうとする。が、そこで運悪く少女が振り返り、私という存在を認識した。

「すみません……金魚……。」

どうやら他の存在に頼むのは苦手なようだ。私は渋々少女のして欲しいことを了承し、屋台で金魚をすくう。初めての体験だったが、紅白の色をした金魚を一匹捕まえることが出来た。私は袋に入った金魚を少女に渡す。すると、少女は屈託のない笑みを私に向けた。そのまま屋台の前から立ち去ろうとしたので、私は少女の手を握り、人目の付かない木々の近くに連れて行く。少女は何をされるのかという不安が少しだけ顔に出ていた。そして、私は少女の衣装を整えてやった。その甲斐あってか、少女の雰囲気は以前よりも落ち着いたものになった。少女は感謝の意を込めて私に小さくお辞儀をし、祭りの中に溶け込んでいった。

 それから四時間ほどたった頃だろうか。祭りは最終演目である打ち上げ花火を盛大に盛り上げた後、屋台は閉まり、人やそれ以外の参加者らは、満足そうな顔を浮かべながら帰宅の道を歩む。私も夜空を見上げながら元の場所へ帰ろうとしていた。その時だった。私の目の前にあの少女がいた。周りに灯りなどは無かったが、何故か少女を含めた周囲は淡紅色に包まれていた。そこから少女の顔色をうかがう。はっきりと分かった感情は「不安」。少しだけ涙袋に濁りのない透明な色の涙を溜めているようにも見えた。私は少女に近づく。そして、先ほどと同じように少女の手を握った。小さな手は力強く私の手を握ってきた。私達はそのまま歩き続ける。歩いて、歩いて……。少女が足を止めた場所は、最終演目の花火の場所。

「ありがとう……ございます。」

そう言って、私の手を離し、一人で歩き始めた。次に瞬きをしたときには、少女も、淡紅色の灯りも消えていた。

 私が礼を言われる義理などはない。私が考える義理などはない。あの少女の「過去」やこれからなど。あの金魚の役目など。今はただ、儚い楽しさという水に溺れることだけに没頭しよう。それが、「すべての存在」に与えられたものなのだから。

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溺儚 懐里 歩 @Kaisato_Ayumu

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