椎の村に戻ってー日記

 ――○月○日 

 椎の村にて。


 いろいろあったが、無事に帰って来た。

 やはり、家はほっとする。

 学び舎に戻った時は、次に椎の村に帰るのは荷物をまとめるためだと思っていた。だが、こうして椎の村に戻ってみれば、私がいるべきところは、やはりここだと思う。


 いきなりマリに再会できて、話ができた。

 少し会うことに緊張していたので、偶然会えてよかった。

 だが、ちょっとドキドキしてしまい、嘘をついてしまった。見栄ともいう。

 マリに怒鳴られて落ち込み、学校を辞めたいと言ったことは、ラインヴェールに口止めしておこう。

 あの子には、これ以上、あまり情けない自分を見られたくない。



 今まで、教師は知識だけを上手に伝えればいいと思っていた。

 だから、いかにして授業を上手に進めるかばかりに気を取られ、ジルやミユの気持ち・マリの気持ちを考えることができなかった。

 マリに「ぱっといけってぷー」のことで怒鳴られた時だって、マリがなぜあんな態度を取ったのか、まだピンと来ていなかったのだ。軽く考えていたと思う。

 だから、本当にマリに拒絶されたと思った。

 私よりも、マリのほうが、ずっとジルたちの気持ちを察していたのだと、今では思う。

 あれは、マリの思いやりでもあったのだ。


 あの時は、ラインヴェールが何を言ってくれても、自分は駄目だ……としか思えなくなっていた。

 どこが駄目なのか、まったくわからないままに、すべて駄目だと思っていた。

 マリのために全力をつくし、できる限りの準備をしたと思っていた。完璧だと思った。その分、余計に自信喪失だった。

 先生として失格だ、全然駄目だ、もう無理だ、やめたい……と、散々わめいてしまった。

 休暇を取るように勧めてくれたのは、ラインヴェールからだ。まだ働き始めたばかりだというのに、やめるというのも情けなければ、休暇というのもおかしいのだが。


 ぱっといけってぷーという言葉は、ラインヴェールもシアも知らなかった。

「でも、それが落ち込む原因なら、学び舎に戻って徹底的に調べてみては?」

 と、ラインは言った。

 おそらく、彼も冗談半分・私の落ち込みようから、気分転換のつもりで言ったのだろう。

 私も、気を紛らわすつもりで、最初は取りかかった。その言葉を知ったところで、マリに認められるとは思っていなかったし。


 だが、夢中で調べているうちに、気持ちが変わった。

 私が思っている以上に、リューマ族と純血魔族の溝は深い……とわかってきた。

 繭玉のようなムテの結界に守られ、ぬくぬくと生きてきたムテ人たちと、動物以下の扱いを受け、乗り越えてきたリューマの人々。

 お互いの歩みを知らずして、共に歩むことはできない。

「ぱっといけって、ぷー!」という言葉には、ろくに学び伝えることすら許されなかったリューマ族……いや、プー族の「過去の犠牲を忘れるな」という思いが込められているようにも思う。

 その言葉の語源も、正確な意味も忘れ去られた。が、いまだにリューマ族は、純血種から受けた差別を忘れない。脈々と伝えているのだ。


 マリやジル・ミユたちには、リューマ族に対して、個人的な恨みもなにもない。

 だがどうだろう? 延々と培われてきた文化によって、何の理由もなく、敵対している。 

 私自身、やはり、ただ心が淀んでいるように感じるというだけで、リューマ族を苦手としてきたこともある。あの子たちと、あまり変わらない感覚だ。

 だから、それを責めることはできない。

 ただ、何の理由もないことを、気づかせてあげたい。お互いを、よく知ることによって。

 そう思ったら、再び、椎の村の子供たちと、真剣に向きあいたくなった。

 私自身、ひとつの試練を乗り越えて、少しは先生らしくなれたのではないか……と、思ったりもして。



 さて、これから明日の授業の準備と、腕立て伏せをしなければ。

 学び舎の図書の間に籠っていたせいか、またまた体力が落ちたようだ。まさか、マリを肩車できないとは思わなかった。

 おかげで、あの子に飛びつかれて、非力さを笑われて、心臓が破裂するかと思った。

 今度があるかどうかわからないが、再び飛びつかれるようなことがあったら、次回はしっかりと抱きとめてあげたい。

 頼れる先生でありたいのだ。

 ……これも、見栄かも知れないが。



(ぱっといけって、ぷー!・fin)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る