ぱっといけって、ぷー!
ぱっといけって、ぷー!(1)
「マリも勉強が進んでいるようだね。図書館に来るとは、驚いた」
「い、いえ……。ただ、シア先生に頼まれて、本を取りに来ただけです」
マリは、硬直していた。何だかもの言いも堅くなる。
それくらい、ショックを受けていたのだ。
「どれどれ? どの本?」
ハールは、マリの手からメモを抜き取った。繊細な指先が、マリの目の前を横切った。
(また……会えたんだ)
ちょっと腹立たしく思いながらも、マリはほっとした。
伏せ目がちにメモに目を落とす顔に、胸がきゅんと痛む。
(よかった。ハール先生が戻って来てくれて、本当によかった)
そんなマリのうるうる気分など、鈍感なハールは気がつきもしないのだろう。やがて、ああ……と小さくうなづいて、隣の本棚に手を伸ばした。
「それはこの本だよ。【一角の森】って、ちょっと子供に読み聞かせるにはロマンチックで大人っぽいと思うけれど」
ハールは、シアの選択に苦笑した。
「は、は、ハール先生は、いったいここで何してんです?」
散々心配させておいて! という言葉を、マリは飲み込んだ。
「私かい? 私も本を探していた。あそこにあるのだけれど、踏み台がなくて、取れないんだ」
ふと見上げた先に、埃をかぶった本がある。
どうみても、もう何年も誰も手をとっていなさそうだ。
(親父に肩車してもらったら、取れそうだなぁ……)
と、マリは思った。すると。
「あ、それがいい! 私が肩車するから、マリが取ってくれるかい?」
「げげげ……それって無理!」
即答してしまい、マリは慌てた。
ハールが、少し傷ついたような表情をしたからだ。
(だって、どうみたって、ハール先生、弱っぽいんだもん。親父ならできるけれど、きっと無理)
とは思ったが。
どよーんと見つめられて……。
「わ、わ、わかったよ! やるよ、やる! ちゃんと、あたしを支えてよね!」
マリは、あらよっ! とばかりに、ハールの背中に飛びついた。
いつもはカシュにしてもらうことだが、幅の狭いハールの背中は、やはりなんとなく頼りなかった。よろよろと立ち上がると、いつもよりも高さを感じた。
マリは、それでも這い上がって、ハールの肩に足を回した。そして、額に手を回し、支えにして、反対の手を本棚に伸ばした。
ぐらり、ぐらりと何度も揺れる。
「ちょ、ちょっと! 先生。ちゃんと支えてよね!」
あと少しというところで、後ろにのめりながら、マリは叫んだ。
「ご、ごめん! 思ったよりも重たくて」
「な、何ぃ!」
そのとたん、マリは本棚におでこをぶつけた。その反動で、今度は後ろにバランスを崩して……。
「あわわわ! ちょ、ちょっと!」
――ダダーン!
本棚の本が、なだれを起こして崩れた。
マリは、散らばった本と埃の中に倒れ込み、ごほごほと咳き込んだ。その脳天に、さらに本が一冊落ちて来た。
「あた!」
思わず頭を抑えた。
「マリ、大丈夫かい?」
やはり埃まみれになったハールが、這って近寄った。
彼の手がおでこに触れた時、マリは慌てて振り払った。
「な、な、何でもないって! へっちゃらだよ!」
「そうならいいんだけれど……赤くなっているから……」
ハールは心配そうにマリの顔を覗き込んだ。
「こ、こんなの、怪我じゃないよ。それよりも本! 本はあった?」
「え? ああ……」
どうやら、マリの脳天にダメージを与えた最後の一冊が、ハールの探し求めていた本だったらしい。
ハールは、ぺらぺらとページを送ると、あるページをじっと見つめた。
「ああ、これで間違いない。やっと、マリの質問に答えられる」
「は? あたしの質問?」
ハールは、再びマリの顔を見つめた。
「ああ、ずっと気になっていたんだ。マリの言葉が」
「あ……あたしの……?」
「ぱっといけって、ぷー……のことだ」
――ぱっといけって、ぷーも知らないで!
マリは、ドキドキした。
やっぱりハールは、マリの一言を気にしていたのだ。
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