勉強しよう!(3)

 結局、朝になっても、マリはどうすればいいのかわからなかった。

 学校の近くの河原を、うろうろした。一度は向かった足を、もう一度、家に向けたりの繰り返しだった。

(学校に行ったって、てんでわからないことばかりだもん)

 その状態なら、家で家事を手伝ったほうがいいに決まっている。リリィも助かることだろう。だが、今、学校に行く事をやめてしまえば、もう二度と行きたくはならないだろう。

 ハールとの約束を裏切るようで、気が重たかった。


 そのような時、声をかけて来た人がいた。

 若い女性の先生――シアだった。彼女は、年少組を教えている。教えているというよりは……子守りをしているというべきか。

「ああ、よかった! マリだわ! お願いがあるのよ。頼まれてくれる?」

 彼女とは、別に親しくもなんでもない。でも、おそらく誰にでも親しそうに話しかけるのだろう。

「え? 何?」

「今日、子供たちに読み聞かせるつもりの本を、忘れてきちゃったの! でも、あの子たち、目が離せないから……かわりに取って来てほしいのよ」

 そういうと、シアはさらさらとメモを書いて渡した。

「祈り所に付属の図書館があるでしょ? そこで、この本を借りてきてほしいのよ」

「うん、いいよ」

 なぜあたしが? と思ったが、断る理由もない。

 むしろ、学校に行かなくて済むから、ほっとした。

 マリは、一目散に椎の村を目指して走り出した。その様子を、シアがニコニコ見送ったことには、気がつかなかった。




 椎の村の祈り所は、大きな広場に面している。

 荘厳な建物であるが、祈りのためだけのものではない。椎の村の村長であり、神官でもあるラン・ロサの住まいの他、図書館や病院施設まで入っていた。

 まさに、椎の村の中心・象徴である。

 裏手に回ったところに、図書館の入り口があった。知らない人なら、見落としそうだ。祈り所と同じ建物でありながら、祈り所からは入れない構造になっている。

 本に縁のないマリは、散々祈り所の回りを回ったあげく、やっとの思いで見つけた。


 中に入ると、空気は乾燥しているのに、何となくカビ臭く思えた。

 いや、これはインクの香りなのだろう。本の劣化を防ぐためか、自然光はわずか一筋、光の帯になって、床を照らしている。あとは、朝だというのに、ろうそくの光だった。

 それも普段は火事防止のために消してあるはず。光があるということは、他に先客があるということだ。

 マリは、ゆっくりと辺りを見回し、目を回した。本の探し方を知らないので、すっかり困ってしまった。

(くればわかると思ったけれど……)

 これは無理である。一冊一冊探していたら、日が暮れてしまうだろう。

 それでもマリは、メモを片手に本を探し出した。

 が……。

 数歩歩いたところで、足を止めた。

 わずかに射している光の帯。

 その中で、長身の人がさらに背伸びして、手を伸ばしている。

 銀糸の髪が輝いていた。まさか……と思ったが、その人以外の誰でもない。

「ハール先生……」

 マリの口から、思わず言葉が漏れた。

 ハールは、ゆっくりと振り向いた。そして、まるで何事もなかったかのように、にこりと微笑んだ。

「やあ、マリ。久しぶり」


 そう。久しぶりである。

 ハールが馬車に乗って去っていってから、十日以上が過ぎていた。

 その間、マリは悶々とした日々を過ごしていたのだから。


 あまりにもうれしくて、泣きそうになった。

 だが、あまりにもお気楽なハールの返事に、マリは少しむっとした。

「お、お久しぶりって……先生! 学校さぼって今までどこに?」

 ハールは、不思議そうな顔をした。

「さぼって? 私は、調べ物があって休暇を取っていたのだけど? 学長は何も言わなかったのかい?」

「き、き、休暇ですってえ!」

 マリは、頭の先端から炎があがるほど、腹を立てた。


 ラインヴェール先生ったら、そんなこと、全然教えてくれなかったじゃん!

 休暇? 休暇って……じゃあ!

 あ、あ、あたしの悩みって、いったい???

 だいたい、あたしがこんなに苦しんだのに、何よ、この先生のしゃーしゃーとした態度!

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