学校なんてやめた!(2)
――ばかばかばかっ!
こんなことしたら、ますますえこひいきだって思われるじゃないか! ばか!
なんであたしばっか、かまうんだよ。このへたれ!
ハールは、非力なムテ人だ。だが、ひょろりと背が高い。子供であるマリの三倍はある。
マリは簡単に押さえ込まれた。バタバタと振り回す手は、何度かハールの顔をかすり、足は宙を蹴った。
「ごめんよ、私が考えなしだった。もう少し他の子たちにも気を配るべきだったのに……嫌な思いをさせたね」
顔を引っ掻いたせいか、ハールは顔をしかめた。
「違うよ! あたし、本当にもう勉強なんか嫌なんだ! さっさと教室に帰れよ!」
「もう大丈夫、ちゃんと気を使うから」
「そんなんじゃなく! あたしがしたくないんだよ!」
「さあ、一緒に教室に戻ろう」
――ばかばかばかっ!
ちゃんと空気読めよ、ばか!
あたしみたいな、リューマ族と一緒の子なんか、みんな嫌いだって言っているんだよ? 一緒に学びたくないんだよ?
先生は、あの子たちかあたしか、どちらかを取らなくちゃいけないんだ。
じゃあ、あの子たちを取るべきなんだよ?
なんでそれがわからないのかなぁ?
「離せよ! どうせあたしなんか、ぱっといけって、ぷーなんだから!」
「ぱっと、いけって、ぷー?」
ハールは、不思議そうな顔をした。
「え? もしかして、あんた、ぱっといけってぷーも知らないの? それで先生のつもりかい!」
マリは、バタバタ暴れた。するり……とハールの手がゆるみ、どさっと芝生の上に転がった。
「い、いったーい! 急に離すなよ、このアホンダラ!」
地べたに転がったまま、マリは怒鳴った。
だが、ハールのほうは、腕を組んだまま、頭をかしげていた。
「ぱっと、いけって、ぷー……ぱーっといけってぷー」
何度もぶつぶつと繰り返すが、思い当たる意味がないようだった。
「ぱーっといけってぷーは、ぱーっといけってぷーってことさ!」
マリは立ち上がって、服についた草を手で払った。
「……たしか、前にもその言葉を言っていたね? あの時……」
ハールは思いだしたように言った。
あの時。
それは、マリと仲間がボロ溜めにハールを突き落とした時である。
「それ! ぱっといけ! ぱっといけって、ぷー!」
リューマの少年たちは、口々に叫びながら、荷車を勢いよく押し、急停車させたのだ。
そのあげく、荷台にいたハールは、ころころと転げ落ちた。
つまり、マリたちのいう「ぱっといけって、ぷー」というのは、調子良く動いていたことが頓挫することである。
マリの場合、すっかりその気になって学校に行ってはみたものの、所詮は駄目だった……という意味で、「あたしなんか、ぱっといけって、ぷーなんだから」なのである。
ハールを突き落としたときは、かけ声あわせて荷車を走らせて、急停止でさようなら……という状況が、ぱーっといけって、ぷーなのである。
だが、マリはその意味を説明する気はなかった。
「ぱーっといけって、ぷーの意味を知らないで、あたしと一緒なんてふざけんじゃねーよ!」
怒鳴ってから、マリははっとした。
思っていた以上に、ハールがショックを受けたような顔をしたのである。切れ長の瞳を丸くして、じっとマリを見つめていた。
「……な、何だよ! 減るから見るなよ!」
マリが怒ると、ハールは目を伏せた。
「……確かに。私は、あまりにも何も知らない……」
ハールの顔から血の気が引いていた。
――あ、あれ? 言い過ぎちゃったかな?
マリは、ハールの過剰反応に焦った。
「ま、まぁ、言葉なんて……たいしたことじゃないから」
慌てて言うものの、ハールはマリのほうを見ようともしない。まさか、本当にマリが減るとでも思っているのだろうか?
「……何も知らないくせに、何を教えようっていうんだ?」
独り言のようにぶつぶつとハールがつぶやいた。
「あの……先生?」
恐る恐るマリが声をかけたが、ハールは聞こえないかのようだった。
「ぱっと、いけって、ぷー……。ぱっと、いけって、ぷー……」
ぶつぶつとつぶやいたまま、ハールはマリを置いて歩いていってしまった。
「せ、先生?」
マリの呼びかけにも反応しない。
遠くになる後ろ姿に、マリは嫌な予感がした。
――ま、まさか? 本気で傷ついたんじゃないよね?
不安になりながらも、マリはそのまま家に帰った。
翌日も、学校になんか行くつもりはなかった。が、あまりに深刻そうだったハールのことが気になって仕方がない。
橋のそばでカシュと別れたあと、しばらく迷ったが、学校への道を選んだ。
だが、その日の授業は、ハールではなく、代理でラインヴェール学長が受け持っていた。
「ハール先生、もしかしてやめたのかも?」
「昨日、あの後、元気なかったしね」
「学び舎に戻っちゃったのかな?」
ひそひそと声が響く中、ラインヴェールが、こほん! と咳払いをした。
「では、授業を始めます」
その声を、マリはもう聞いていなかった。
こっそり教室を抜け出していた。
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