学校なんてやめた!

学校なんてやめた!(1)

 授業は初日の繰り返しだった。

 ハールは、マリのために自分で書いてきた紙を渡し、文章をなぞらせた。マリは、家に帰った後、その文章を見ながら、必死に自分で書き写し、読み上げたりして、読み書きを復習した。

 わからない単語の意味は、その場でハールに質問した。誰もがわかる答えなのに、ハールは親切丁寧に、マリが理解するまで説明してくれた。

 だが、その間、他の生徒たちは退屈していた。


 ついに五日目、教室で一番優秀な少年ジルが、抗議したのだった。

「先生、僕たちには、この授業は簡単過ぎます。すでに一年前に終わっているところです」

 ハールは、その抗議が意外だったらしく、驚いた顔をした。

「でも、この教室にはまだまだ理解できない人もいるのですよ。みんなで仲良く学ぶことは……」

「わからないのは、一人だけです!」

 他の女の子が叫んだ。それにあわせて、生徒たちはうなずいた。

「僕たちは、もっと先生に高度な授業をしてもらいたいのです。たった一人の為に、時間を無駄にするのは、ごめんです!」

「ジル」

 ハールは、ぱたんと本を閉じた。

「他の人たちも、よく聞きなさい」

 ゆっくりとハールは教壇の上に戻った。

「私が知っている授業は、とても厳しいものでした。できない者は、置いていかれ、進級することができません。できるものは、さらに上を目指すことができます。だから、ジルが言うことも間違いではない。わかります」

 ハールは続けた。

「でも、ここはたった七人の生徒しかいない教室ではないですか。しかも、全員揃って授業ができるわけではない。誰かがどこかを勉強しそこねて、誰かは理解しそこねているはず。同じことの繰り返しでも、全員が理解できるまで、一緒に学ぶことだって悪くはないと、先生は思います」

「でも!」

 ジルは、悔しげに眉をひそめた。

 優秀な彼にとって、学校をさぼり続けて置いてきぼりを食ったマリとレベルをあわせるのは、屈辱以外の何物でもないのだろう。

「えこひいきです! 先生は、マリばかり見ているんだわ!」

 女の子が叫んだ。ジルと主席を争う少女ミユだった。彼女は泣き出しそうだった。

「えこひいき?」

 さすがにハールも驚いた。

 なぜ、そのような言葉が出てくるのか……と、頭をひねっている間にも、他の子たちも同調しだした。

「そうよ、そうよ。マリばかり。どうしてよ!」

 その声が、生徒全体に広がるかと思ったその時。

 マリは、いきなり立ち上がった。

「やめた!」

 教室中の誰もが、一斉にマリを見た。

「だいたい、つまんねーよ、勉強なんて! どうしてそうも、おまえら勉強したいわけ? あたし、知らんよ! やめた、やめた!」

「マリ……」

 ハールの声が、マリの名を呼んだ。

 ちょっと胸にちくりと刺さったが、マリは笑い飛ばした。

「先生! もう落ちこぼれ相手なんか、いらないよ。あたしには、勉強なんて性にあわないんだから! もう辟易していたんだ。それじゃあ!」

 マリは、そういうと、がははと笑い、鼻歌まじりで教室を出て行った。そして、扉をバタンと締めた。

 教室を出ると、今度は一気に走り出した。長くない廊下を走り抜け、泣きながら学校を飛び出した。

 背中に、マリの名を呼ぶハールの声を聞きながら。


 ――マリ、一緒に学ぼう。


「あたし、大人だもん! いいもん! わかるもん!」

 マリは叫んだ。

 叫びながら、石垣の横を走り、小川のそばに出た。


 一緒に学べるはずがない。

 マリは、散々自分勝手に学校をさぼって、落ちこぼれたのだ。

 他の子たちが必死で学んでいる間、馬と戯れ、リューマ族の少年と遊んだり、仕事をしたりしていたのだ。

 今更、一緒に仲良く頭を揃えて……と言ったって、誰も納得するはずがない。

 もしも、ハールがこの調子でマリと一緒に勉強してくれたら、他の子たちがハールにどんどん不信感を持つだけだ。ハールのほうが、嫌われてしまう。

 ハールは、マリを初めて一人前にあつかってくれた人だ。これ以上、関わって迷惑をかけたくない。

 今までだって、マリに不自由はなかった。勉強ができなくたって、リューマ族は生きている。

 なのに、声が聞こえて。

「マリ!」

 なんと、授業を抜け出して、ハールが追いかけてきたのだ。

「馬鹿! あんたなんか嫌いだ! あっち行け!」

 追いかけっこはしばらく続いた。だが、足の長さの差なのか、大人と子供の差なのか。

 川べりで捕まり、マリは暴れた。

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